霊安室で

 シン、と、空気すらその静けさに慄いている様な、そんな部屋に、私はいた。
 この部屋は、まさしく死者のための部屋なのだろう、部屋の空気はどこまでも排他的で、硬質で…冷たい。
「…おじいさん……」
 私は、そっと、その応(いら)えの無い祖父に、囁いた。
 何を話し掛けようとした訳ではない。
 ただ。無意識のまま、声を掛けたのだ。
(もう、苦しくないよね…?)
 部屋の静けさに声は外へ出る事を躊躇い、心の中だけで囁かれる。

 日に日に肥えていった祖父。
 人を認識できなくなってゆき、起きている時間の方が短くなってゆき、それなのに、ともすると咳だけは酷くて。
 でも…今は静かだ。
 思えば、始終眠ってばかりいた祖父だが、その眠りは決して安らかとは言えなかったのだ。
 数ヶ月ぶりの穏やかな眠りの中で…祖父は迎えを待っている。
 病院を転々とし、ついぞ帰る事の出来なかった家へ、ようやく、戻れるのだ…望んだ形ではないにしろ。

「ごめんね……」
 何もできなくて。
 そう、囁いた時。
 ポン、と肩を叩かれた。
 …?
 振り返ってみたが、勿論部屋には私一人だった。
 …?
 小首を傾げていると、車が着いた事を知らせに来た叔母が、扉を開けた。
 疑問を抱いたまま、私は部屋を後にした。

 あれは一体、何だったのだろう?


<End>



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こちらは、誰かがお題を出して、それをその場で即興で作るという遊びで書いたものでした。。