テレビ

 私は、ぼんやりと歩いていた。
 深く、霧が立ち込める中を。
 やがて、向こうに女性が見えてくる。
 女性は私に気付くとゆっくりと振り返り、そして……
「また、会えたね」
 と、微笑みを浮かべた。

 目を開けて、まず見えたのは、見慣れた天井だった。
 のそりと起き上がる。どうやら眠っていたらしい。
 そこへ、「明日もまたこの時間にお会いしましょう」と、柔らかな声が聞こえて来て、その方へ視線を向けると、先程の夢に出て来た女性が、テレビに映っていた。
 先程の夢はこれのせいか。思ったところで、画面はカラフルな長方形の並ぶ、無機質な画面へと変わった。
 テレビも眠る時間なのだ。俺は軽くのびをすると、布団へ向かった。

 夢の中で。再び俺は彼女に会った気がした。
 また、会えたね……
 その声は、とても心地良くて。
 俺は酷く続きが気になった。
 その気持ちは、恋にも似ていた。

 次の日、俺は、番組が始まるのを、今か今かと待っていた。
 そして、時間。画面に、彼女が現れた。
 また、会えたね。
 そう微笑む彼女の上に、タイトルらしき文字が表示されていた。
『昔、ここに森があった』
 深緑の文字がゆっくりとフェードアウトすると、彼女が軽やかに動き出した。
 移り気な蝶々のようにあちらこちらへ足を伸ばす彼女をカメラが追う。
 何処の森かは解らなかったが、小鳥や小動物かごく自然にいて、木漏れ日はいかにも柔らかで、清廉な森の空気すら伝わってきそうな、そんな番組だった。
 不思議な番組だったが、余計なナレーションやいかにもな演出等、押し付けがましさが一切なく、素直に癒される番組だった。
 時間も忘れて魅入ってたが、番組は唐突に終わってしまった。
 「明日もこの時間にお会いしましょう」
 昨日と同じ台詞。俺は何とも言えない感覚になった。穏やかな優しい気持ちと、淋しく物足りない気持ち。
 だが、また明日、会えるのだ。そう言い聞かせて、俺はノロノロと台所へと向かった…何か無性に飲みたくて。

 三日目の番組は、前の二日とは趣が変わっていた。
 前二日の番組では、少女は被写体もしくは森を構成する一部といった感じだったが、三日目は、ナレーターの役割をしていた。
「昔、ここに森がありました…」
 少女の語りは、穏やかな口調で始まった。
 不思議な声。優しいが淋しげで、華奢なのに芯がある。
「この場所は、今は森の痕跡すら見出だせません。失われた場所。忘れられた場所。でも、確かに森はあったのです」
 そこで少女は一度目を伏せた。
「ここに森があった事を、覚えているのものは、もう殆どいません。土は失われ、森の民も絶え、人も…この森を知っていた人も既に遠い場所」
 再び少女が目を開ける。強い眼差し宿して。
「私は森の語り部。森の守人。そして、森自身。私はこの森が確かにあった事を伝え続けます。森が存在した証として…。でも、それももう後僅か……」
 少女が唇を噛み締める。
「私はより多くの人に、この森の事を知って貰いたい。どうかお願いです。明日は、他の方もお誘いの上、ご覧下さいませ」
 少女が頭を下げたところで、番組は終わりを迎えた。
「また、お会いしましょう」
 何時もの台詞。だが何時もと違うのは、俺が困惑しているという事だ。
 後僅か?番組が終わるという事か?いや、何かが違う…きっと。

 俺は迷っていた。彼女は沢山の人にあの番組を見て貰いたがってる。
 だが……
 あくまでも番組だという思いや、彼女の言葉を信じ切れない思いや、彼女を独り占めしたいという思いや、テレビの台詞なんかを真に受けて…と言われたら嫌だという思い、その他様々な思いが交錯して、踏み切れずにいた。
 数日の間、番組に変化は無かった。最初の頃と同じように画面は森の美しさを写し、そして最後に必ず少女はこう言った。
「明日もこの時間にお会いしましょう…沢山の方がご覧下さる事を祈っています」

 変化があったのは、それから数日後だった。
 いつもと同じ番組。だが最後の台詞だけが、違っていた。
「明日でこの番組は最後になります。どうか皆様お誘いの上、ご覧下さいませ。心から…願います」
 彼女と目が合った。その、真摯な瞳。
 …俺は、ようやく決心した。

 次の日。俺の部屋には数人の友人たちがいた。
 番組の話をしたら、半信半疑、冗談半分ながらも、興味を持ってくれた奴らだ。
 俺は、誰も相手にしてくれないのでは、と思っていただけに、素直に嬉しかった。
 そして、最後の番組は始まった。

 始まりは、森の誕生…いかにして森が生まれたか。次いで、森の繁栄…森が育つのにどれほどの時間が掛かるか。そして、森の終焉…何故森は消えたのか。
「森は失われました。けれど忘れないで下さい。昔、ここに森があった事。そうすれば、森は貴方の心に生きる。貴方が忘れない限り、森は永遠を手にする。どうか忘れないで。人が、森を作るのではない。森は、自ら生まれ、育つという事。貴方達が忘れなければ、森は再び生まれます」
 そして番組は終わりを迎えた。

 暫く俺達は無言だった。ややあって、不思議な番組だったな、と誰かが口を開いた。だがみんな、そうだな、としか答えられなかった。何だか酷くぐったりしていて、その夜はお開きにした。
 布団に潜ると、彼女の台詞が蘇った。
「再び生まれる、か……」
 そんなものなのだろうか。
 そんな事を思う内、眠りに落ちた。

 朝起きると、テレビは壊れていた。何をしても、うんともすんとも言わないのだ。
 古いテレビだったから、寿命だったのだろう。木製のテレビなんて、今はついぞ見掛けない。
 ふと、感傷的な事を思った。この木も、ああいう森で生まれたのかもしれないな、と。

 後日、友人と会った時に知ったのだが、あの番組はどのテレビ蘭にも載っていなかったとの事だった。
 あの番組は一体何だったのだろう?


 <End?>


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こちらは、誰かがお題を出して、それをその場で即興で作るという遊びで書いたものになります。