願わくば永遠に太陽のように

 お前が望むから。
 オレは此処に、いよう。
 オレが必要なくなるまで。
 此処に、永遠に……



「もう一人のボクー?」
 あいつが、ヒョイ、と顔を出す。
 入ってきても構いやしないのに、こちらから促すまでは、必ずドアの前で待つのだ。
 それが相棒の礼儀らしい。
 そういう所が真面目なんだよな、なんて思う。
「ああ、いるよ」
 声を掛けると、ホッとしたように、顔を綻ばせた。
「ね、ボクの部屋で遊ぼうよ」
 無邪気な笑顔で、相棒が誘ってくる。
 屈託のない笑顔は、まるで小動物のような可愛さだ。
 自分の思考に、思わず喉が鳴る。
「くくっ…、ああ、いいぜ」
 相棒は一瞬だけ不思議そうに小首を傾げたが、すぐにまた、嬉しそうに笑った。
「ほら、『連れて』いきなよ」
 相棒に、手を伸ばす。
 手を掴むと相棒は、本当に嬉しそうに、自分の部屋へと歩き出した。

「今日は、何をするんだ?」
「んっとねー、今日は、チェス!」
「おーけー。色は?」
「ボク、白がいいー!」
「ほう、そっちか」
「うん!だって、黒はもう一人のボクの方が似合うもん!」
「似合う似合わないじゃないだろ…服じゃないんだから…」
 思わず呆れてしまう。が、相棒らしいといえば相棒らしいか。
「ま、どっちで良いけどな。どの道勝つのはオレだし」
「むっ、やってみないと解らないぜー。さっ、セットだ!」
「くくっ、さあ、どうなるかな?」

「あっ、ルークが…!」
「くくっ、これで相棒の残りは3つだな」
「ま、まだだ!…これでどうだ!次でボーンが最奥地に辿り着く!でも、ボーンを邪魔すると、ビショップが君のナイトを取るぞ!」
 勇ましい相棒の言葉に、思わず笑みが零れる。
 馬鹿にしてるんじゃない。純粋に、可愛いのだ。
「そうか。それじゃあオレは、ナイトを諦めてボーンを取るぜ。クイーンになられたら困るからな」
「くっ…でもこれで、ナイトを取れたぜ!」
「ああ、そうだな。だがこれで相棒はビショップとキングのみ…。そしてオレは、ルークでビショップに照準を定めたぞ」
「なら、ここにビショップを逃がすぜ!」
「良い判断だ。だが、ここでナイトも切り込むぜ」
「くっ…」
 相棒が必死にビショップを逃がしつつ反撃を伺うのを、とても楽しく眺めながら、少しづつ追い込んでいく。
 こういう時に一番心が躍るのだから、我ながら底意地が悪い、と、思いつつも。
 一手、二手、三手…
 少しの攻防の、後。
「あぁっ…」
 とうとうビショップを取られて、相棒が声を漏らす。
 してやったり。
 ニヤリ、と笑みが浮かぶのは、これはもう、性としか言いようが無かった。
「さて…残り、一つ」
 ほぼ終わりが見えていたが、相棒が必死に粘る。
 諦めずに粘るのは流石だったが、それでも。
「チェックメイト」
 三方向からの囲みを、キング一つでは防ぐのは困難で。
「くくっ…オレの勝ちだな、相棒」
 言いながら、相棒の髪をくしゃっとやる。
「まだまだだな」
「…ねえ、もう一人のボク…なんで!いっつも!全駒取ってからチェックメイトなのさ!?絶対遊んでるでしょ!?」
「気にするな、単なる趣味だ」
「それ、絶対絶対絶対、性格悪いって!」
「フフ、安心しろ。ちゃんと自覚はあるぞ」
「~~~!? 自覚あるなら改めようよ~~~!!!」
 騒ぐ相棒を、笑いながら宥める。
 弟をあやす兄とか、息子を宥める父親とか、こういう気持ちなのだろうか?
 相棒に感じる感情は、家族のそれとも、友達のそれとも、違ったけれど。…勿論、恋人とも。
「まあ、仕方ない。どうせなら全部キッチリ取った方が気持ち良いだろうが」
「はあ…その内、兎と亀みたいに、油断して寝首をかかれないようにね」
「その日が来るのを、楽しみにしてるぜ」
 だけど多分その日は当面来ないだろう。
 驕りからじゃない。自惚れている訳でもない。
 『相棒が無意識にそれを願っている事を』知っているからだ。
 相棒は。オレに勝つ事を。無意識に…恐れて、いる。
 嗤いそうになるのを。そっと隠して。
「さて…休憩しようか、相棒」
 ポン、と相棒の頭に手を乗せると、相棒は。
 一瞬だけ、何か言いたそうな顔をしたが。
 すぐに、うん!と、元気よく、頷いた。



 …ほんの僅かに、部屋の温かみが減った気がする。
 明るさも、ほんの僅かにだけ、落ちたようだ。
 ああ…今日もその時が来たんだな、と、胸の中で一人ごちる。
 部屋は、心の写し身だ。部屋が翳るという事は、つまり。
「…相棒。そろそろ、朝か?」
「うん…そうだね」
「…行かなきゃ、なんだろ?」
「…休んじゃ、ダメかな…?」
「オレは構わんが、行ってこい。ここも、オレも、逃げない。それは相棒がよく知ってるだろう?」
「うん…そうだね。じゃあ……」
「ほら」
 手を伸ばして、促す。
 それは、終わりの合図。
 相棒と手を繋いで、オレの部屋に行く。そして、相棒は部屋には入らず、オレだけ部屋に入る。
「…ねえ、もう一人のボク…」
 いつもと違う、低い声。
 …ああ……
 相棒の瞳から…光が…消えてい、く。
「キミはここで、待っててくれるんだよね…?」
 その瞳を、虚ろな瞳、と、呼ぶのだろう。
 或いは、空ろ?
 いつもの無邪気さではない。かといって狂気でもない。
 ただ…光だけが、欠けてい、る。
「ここにいるから、安心しろ。相棒が来るまで、ずっと待っててやる。だから、心配しなくて良い」
 相棒が、唇だけで、ぎこちなく笑う。
 まるでそれは、壊れたロボット。
「大丈夫だ…オレは、逃げない」
 正確には、逃げられない、だけど。
 でも、逃げる気もないのだから、同じ事。
「うん…そうだよね…。じゃあ、またね、もう一人のボク……」
 扉が、閉まる。
 消えていく相棒の姿を、扉が完全に閉まるまで、じっと、見守って、いた。

 部屋に残されたのは、オレ一人。
 相棒の部屋とは全く違う、冷たくて重い、音すら吞まれそうな、重厚な部屋。
 とはいえ、主なのだからそれに呑まれる事もないし、圧迫感なども感じたりはしないけど。
 どちらの部屋が良い、と思った事も余りない。
 どちらも、落ち着く、しっくり来る、そんな部屋なのだから。
 相棒が来るまでは一人だが、不自由さを感じたこともない。
 一人で興じれるゲームも色々とあれば、書斎のような部屋もある。
 勿論、眠ってる事もできる。
 そう…不自由は、ない。

 …自分が。虚像なのは、最初から解っていた。
 けれど、相棒が、その事実に自分で目隠しをして、目をそらし続けているから。
 だから。
 オレも、実像のように、振舞ってみせている。
 相棒の後悔から生まれた虚像だという事実を、隠して…

 部屋の扉に、そっと視線を向ける。
 触らなくても、『鍵』が掛けられているのは、知っていた。
 それは相棒の、オレが表に出る事を拒絶する強い意志が無意識に形になったものだ。
 そんな事をしなくても、オレは表には出れないのに。
 けど相棒は『知らない』から…表へ帰った時には、必ず鍵が残されている。
 それは、少なからず相棒に負担を掛ける行為だろうに…

 それにしても、我ながら随分と冷静だとは思う。
 相棒の中の『オレ』は、余程冷静で、強い人だったんだろう。
 精神も、ゲームも…
 オレは相棒の理想。そして、偶像という名の、虚像。
 それでも、絶望感も悲壮感もないのは…
 相棒という光があるからだろうか。
 例え、相棒が原因だと解っていても。
 相棒が大事で、守りたくて、壊したくなくて…
 それは実像の名残だけじゃなく、きっと、オレ自身の想い。
 太陽のようだと、思ったのだ。
 生まれて、一秒前後のほんの僅かな時間、この世界に戸惑っていた中で、相棒を初めて見た時に。
 あんなに嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくる姿を見る事は、もう二度と無いのだろう。
 この記憶は、きっと忘れない。
 きっと…それが最初の楔だったのだ。
 無条件に慕って来る存在を、どうして嫌いになれよう?
 例えそれが、実像と信じた相手に向けたものであっても。



 …ああ。相棒が、帰ってきた。
「ただいま、もう一人のボク」
 今はまた、その瞳に光は戻ってる。
「お帰り、相棒」
 ふわりと微笑む。
 ただいまと、相棒は言う。
 こっちこそが、自分の居場所だと言わんばかりに。
 それは相棒の、心からの願いなのだろう。
「そっちに行くか?」
「うん!」
 相棒に連れられて、相棒の部屋へ行く。
 相棒と手を繋がなきゃ部屋の行き来すらできない事に、相棒はわざと気付かない。
 オレも、わざわざ教えない。
 まるで道化。予定調和の茶番だ。
「今日はどうだった?何か楽しい事はあったか?」
「えっとねー、今日はねー、城之内君達と、杏子のバイト先に食べに行ってー、それからねー」
 無邪気に語る相棒を、優しく見守る。
 もしも兄弟だったら、絶対に相棒が弟だろな、と思いながら。
「その後ゲーセンに行ったらさー、なんだか怖い人たちにバッグを取られそうになったけど、城之内君が助けてくれたんだぜー。
 4人もいたのにさ、やっぱ城之内君とっても強くて凄いよー」
「フフッ、相変わらずだな」
「でね、お礼に缶コーヒー奢ったんだよ、そしたらね、当たりが出てもう一本出てきてさー、城之内君には、
『おっ、やったじゃん、お揃いだな』って言われたけど、ボク、甘くないコーヒー苦手だから、二本とも城之内君にあげたんだー。
でも、ホットだったから、帰ってから飲む訳にも行かないし、ちょっと困ってた気もしたなあ。悪かったかな?」
「フフッ、きっとそんな事無いさ。城之内君も嬉しかったはずだぜ」
「そうかなー、?そうだと良いなー。でね、でね、あとね、…」
 とりとめのない話を、楽しく聞く。
 羨ましい、とか、混じりたい、とかは、不思議と思わない。
 絵本とかを読んでもらってるような気持ちだろうか。
 何よりも、相棒が楽しそうなのが、純粋に微笑ましくて。
 穏やかな気持ちに、なれるのだ。
「そういえば杏子は今度はどこでバイトしてるんだ?」
「駅前に新しくできた、ファミレスだよー。今度は長く続くと良いねって城之内君と話してるんだー」
「この前は客を殴ってクビだったか」
「杏子、綺麗だもんなー。オヤジが寄ってくるのも解るけど、杏子も手が早すぎるぜ…」
「気持ちは解るけどな…。でも、ちゃんと自分で努力して夢を掴もうとしてて、偉いよな」
「ホントだよね、凄いなあっていつも思うぜ」
「相棒も確か夢があっただろ?」
「うん!ボク、自分でゲームを作りたいんだ。そしたら真っ先にもう一人のボクに遊んで欲しいなあ」
「そりゃ楽しみだな。待ってるぜ、相棒」
「うん!楽しみにしててね!」
 屈託なく、相棒が笑う。
 陰りを全く感じない事こそが、むしろ、壊れてる証拠なのだろうか。
 それでも。
 この笑顔を、守りたい。

「ふああ…」
「ん…眠くなったか?」
「うん…ちょっと眠いかも…あふ…」
「ちょっとじゃなさそうだな…ほれ、寝ろ」
「でも…」
「でもじゃない。言っただろ?時間もオレも逃げないって」
「解った…じゃあ、一緒に寝よ?」
「解った解った。ほら、お休み」
「お休み…もう一人のボク…」

 …くう、くう……
 すぐに眠りに落ちた相棒の寝顔を、そっと見守る。
 まったく…と、溜息を一つつくが、顔は綻んだままだ。
 不自然な程に、穏やかで優しい時間。
 それも相棒ならでわか。
 …オレは、いつまでここにいれるのだろう?
 オレからいなくなるつもりは全くないし、その方法も知らないが。オレはあくまでも虚像だ。
 相棒がオレを必要としなくなるまでか、それとも…
 もし、オレが必要なくなったとしたら。淋しいけれど、それは相棒にとっては良い事だと思うから、それはそれで良いと思う。
 だが、もしも…相棒にとってまだオレが必要なのに、何かの原因でオレが消えたとしたら。
 相棒はどうなるんだろう?
 それだけが、不安であり、恐怖だ。
 ずっと一緒にいたいという願いより…そちらの想いの方が強い。
 オレが消える事自体は、不安も恐怖もない。別に消えたがってる訳ではないけれど。
 叶うなら、ずっと相棒を見ていたいけど。
 けどもしオレが不必要になって、負担になる事があれば、サクッと消して欲しい、とは思ってる。
 それがきっと、相棒にとって良い事だから…

 願うのは、相棒の幸せ。それだけ。
 いつまでも、無邪気に笑っていて欲しい。
 その純真さを、真っ直ぐさを、素直で優しい心を、失わないで欲しい。
 それは、オレには無いものだから。

 願わくば。
 ずっと、あの空で輝く太陽のように…
 心から…祈ってい、る。