壊シタイ程、愛シテタ

 コツ、コツ…

 薄ら寒い空間に、足音が響く。
 決して早くはない、ゆっくりとした足音が。
 そして。
 ギイ、と音を立てて、扉が開く。
 差し込んだ光に、僅かに顔を上げた、その姿に。
 足音の持ち主は、ニィ、と、口元に微かに笑みを浮かべた。



 壁に背を預けて、腕を組む。
 目の前には、やや薄汚れた、一つの塊。
 所々に、朱の混じった、その姿。
 力なく項垂れたその姿に、憐れみよりも先に笑みが勝つ。
 こうして捕えて、もう、何日経ったのだろう?
 相手の憔悴具合から、決して短くない事だけは明らかだが。
 まるで他人事のように、そんな事を酷薄に考えていると。
「も…ひと………ぼ、く…?」
 力なく、呟かれた、言葉。
 クスッ、と笑んで、焦点を戻す。
「よう…起きていたか、相棒」
 あんまり動かないから、寝てるのかと思ったぜ、と、態とらしく言いながら近付き。
 髪を掴んで、その顔を無理やり起こす。
 力のない目が、やや、苦痛に歪む。
 それに嗜虐心をそそられつつ。
「ククッ…今朝はゆっくり寝れたか?」
 そんな訳がない事は解りつつ、唇を指でなぞりつつ、訊く。
 その唇からは、案の定。
「そ…な…わけ、な……」
 掠れた声。いつもの元気さの欠片もなく、小さな。
 …ああ……
 そんな事すら…魅力的、だ……
 絶望に似た感情を、奥底に微かに孕んだ、自嘲的な笑みを浮かべて。
 そっと、相棒の唇に、自分のそれを重ねた。
 ゆっくり、ゆっくり、相棒を味わう。
 相棒は一瞬、微かに震えただけで、抵抗する素振りはなかった。
「フフッ…随分乾いていたようだが、少しは潤ったかな…?」
 冗談に、答えは期待していなかったけど。
「ね…もうひと…の…ボク…もう…やめよう…?」
 泣きそうな顔で。
 何度目かの、言葉を。
 思わず、笑いが込み上げる。
「済まないな、相棒…何度言われても、答えは同じだ。ホントはお前も解っているんだろう?」
 クシャ、と、優しくその頭を撫でて。
「オレは、もう止まれない…止まる意味も、必要も、見当たらない」
 ゆっくりと、諭すように。
「オレはお前を決して離さないし、逃がさない。二度と此処から出しはしない」
 解らないなら、何度でもその体と心に教え込もう。魂の奥底まで刻まれるまで。
「お前はオレのモノだ…お前の全てが、オレのモノだ。誰にも渡さない。…お前にさえも…」
 相棒の主は相棒じゃない、オレだ。オレが支配し、オレが従属させる。
 そして…
 オレが、壊す。
 カプッ、と、相棒の指を齧ると、力のない悲鳴が漏れた。
「あ、あぁ…」
 口外の指がわなわなと震え、逃げようとするのか、力なく宙を彷徨う。
 それすらも可愛くて、愉しくて。
 口を離し、手の甲に軽くキスをすると、今度は腕に齧りつく。
 甘噛みするように、何度か軽く嚙んで、相棒の怯えた表情を十分楽しんだ後。
 力一杯に、嚙み付いた。
「う、あぁあああっ…!」
 歯は離さないままに、時々、嚙む力や角度を変えつつ、暫く感触と悲鳴を堪能する。
 嚙み千切っても良いくらいの気持ちで嚙み付いても、そう噛み千切れるものでもない。
 人間の身体って丈夫だよな、などと呑気に考えながら。
 その間も、相棒の悲鳴は強弱こそあれ、止まらない。
 その様に、ようやく離すと、クスリと笑んだ。
「へえ…結構、元気残ってるじゃないか」
 息の荒い相棒を間近で眺めながら、気遣うでもなく、嬲る様に声を掛けて。
 再び嚙み付く。
「や、や…あああああ…!」
 懇願の声を、最後まで言わせず。
 またひたすら悲鳴を上げ続ける相棒の姿に、ふと、悪戯心が浮かんだ。
「ぎっ…!?」
 嚙み付いたまま、相棒の首を片手で絞める。
 ドクドクと相棒の命が波打ってるのを手に感じ、思わず興奮する。
 噛まれて、悲鳴をあげようとしているのに、呼吸を阻害されて上手くできない姿。
 そして、この手の中にある、命の片鱗。
 ああ…
 ゾクゾクする。相棒の命が、この手の中にあるという、その事実に。
 熱くなった想いのままに、反対の手でそっとナイフを取り出した。
 クリスナイフ…最近見つけた、オレの、お気に入り。
 刀身の波打った、その美しい見た目に反して、その性質により縫合を妨げる、残酷なナイフ。
 まるで、オレの想いそのものだ。
 そっと太ももを切りつけると、相棒の口から、押えつけられた悲鳴がいっそう気配だけ濃くした。
 少しづつ、少しづつ、何度も切り付ける。
 ガクガクと、鎖で繋がれた相棒の身体がもがいた。
「好きだ…相棒」
 再びの、口付け。丹念に口内を犯しながらも、ナイフを操る手は留めない。
 勿論、首に掛けた手の力も。
 痛みと酸欠で相棒がもがくが、構いやしない。
 それをこそ、愉しんでいるのだから。
 相棒の纏う緋が大分増えた辺りで、ようやく、相棒を解放した。
「カッ、ハッ、ハッ……」
 細切れの呼吸を、見下ろして愉しむ。
 とても必死で、弱弱しくて、憐れで…だからこそ、可愛くて、愛しくて…
 ああ。
 自分が狂ってる自覚はある。だが、どうしようもない。
 相棒が。相棒の瞳が。その仕草が。纏う朱の匂いが。
 オレを惑わせる。狂わせる。
 出口の見えない闇の底へ、オレを堕として、行く…

 何故、こうなった?いつから、狂い始めた?
 考えても答えは出ないし、出た所で意味もない。
 このまま、未来のない未来へ向かって行くだけ。
「な、…ん、で…?」
 涙の滲んだ目で、相棒がオレを見上げる。
 何度も繰り返した会話だと言うのに、懲りずに。
 それを愚かというのは…多分憐れだろう。
 解っていてもせずにいれない事というのは、あるものだ。
「言っただろ、相棒。相棒が好きだからだって」
 腕を組み、自嘲気味に告げる。
「相棒が他の誰かと会うのも嫌だ。オレの為以外の事をするのも、嫌だ。相棒と居れないのは嫌だ」
 相棒が一人だろうと、誰かと一緒だろうと、オレと居ない時間そのものが、許せない。
 例え一緒だろうと、オレの事を考えていないのも、許せない。
 一秒残らず、オレを感じさせたい、考えさせたい、触れていたい。
 それを人は、狂気と呼ぶのだろう。
「な、ら……な…で……こ、…な…」
 フッ、と、苦笑する。
「決まってる…オレが、興奮するからだ」
 その命を握ってる、という事が。
 その、命の欠片と、その匂いが。
 オレを昂らせる。どうしようもない程に。
 相棒だけだ。オレをここまで狂わせるのは。
 他の奴らには然程興味すら惹かれないのに…相棒だけが。
 オレを、惑わせるんだ……

 そっと、相棒を抱き寄せて、その頭を撫でる。
 ああ、こうして優しく抱いてやるだけで満足できたら、どんなにか良かっただろう。
 だが…
 自嘲を浮かべて、ナイフを持ち直すと。
 抱きしめたまま、相棒の胸に顔を埋めた。
「ああ…相棒の、匂いだ…」
 相棒の匂い。相棒の体温。相棒の感触。
 それらを感じながら。
 ツ、と、その胸を切りつけた。
 顔に降ってくる朱。それを浴びながら、陶然と微笑む。
 片手で更に強く抱き寄せ、その朱を舐めとりながら、そっと、その首元へ刃を当ててみた。
 相棒に脅えが走る。
 ああ、このまま掻き切ってしまいたい。
 でもまだ早い、まだ……
 首元からナイフを離し、再び太ももへと刃を走らせる。
 朱を零しながら、相棒が弱弱しく暴れる。
 ああ。欲しい。欲しいほしいホシイ。相棒ガ、ホシイ。
 その全てが。欲しい。
 身体も、心も、命も、魂も、時間も、全部。
 ああ…ほし、い。

 …この心は…虚ろ、だ。
 乾いて乾いて…乾ききって、いる。
 助けて。誰か助けて。
 いや、助けなんてある訳がない。
 オレはこの歪んだ欲望の、手を取ってしまったのだから。
 どうしようもない。どうしようも、ないのだ。
 こんなにも悲しくて、辛くて…悪いと、思ってるのに。
 つと、と、涙が零れる。
 それを拭う事すら、できず。ナイフを、コトリ、と、落とす
 いや…或いはそれが、契機。
 部屋の片隅から、包丁を、取り出す。
「もう…終わらせようか、相棒」
 ゆっくりと顔を上げた相棒の顔に、今度こそ、絶望の混じった恐怖が、浮かんだ。
 信じたく無い、という彩もまだ残っているのを見つめながら…
 いっそ優しく、微笑む。
「終えよう…終わらせよう、相棒」
 涙を…零し、ながら…
 優しく、優しく……

 そして。
 慈しみを込めながら…
 ゆっくりと、相棒を、切り刻んで、行く。
 端の方から、ゆっくりゆっくり、少しづつ…
 興奮と。喜びと。哀しさと。淋しさと。憐れみと。自嘲と。切なさと。怒りと。遣る瀬無さと。
 色んな感情が、ごちゃまぜになりながら。
 解体と咀嚼を…して、いった。

 ああ。
 これで相棒は、もう、誰のモノにもならない。
 手に入れた、手に入れた。手に入れた。
 相棒は、オレの中に在る。
 だけど。
 相棒はもう、どこにもいない…
 もう、話せない。もう、触れない。もう、声を聴けない。もう、見れない。
 オレが望んで、選んだ事なのに。
 それでも…空虚、だ。
 後悔とは、違うけど。

 ああ。
 相棒は、何を考えていたのだろう?
 どう、思っていたのだろう?
 もう、謝る事もできないし、しないけど。
 上を、仰ぎ見る。
 当然空はなく、冷たい天井があるばかり。
 未来は…今、潰えた。
「は、ははっ……」
 どうすれば、良かっただろう?
 どうすれば、未来があっただろう?
 でもきっと、同じ道を選んだ気がするのだ。
 ただ…相棒が本当に好きだったのだけは、疑いようのない事実で。
 …嗚呼……
「好きだったよ…相棒…」
 囁くように、言うと、そっと。
 オレは包丁を、自分に、突き立て、た……。




<BAD END..>
イラスト提供:次亜塩素様
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