黄金の果実は死を願う

 キィ、と、音を立てて。
 扉を開ける。黄金の林檎を閉じ込めた、その部屋の扉を。
 …林檎は、鳥籠の中で。
 人形のように、静かに眠って、いた。


「…相棒」
 人間サイズの鳥籠の中に入って。優しく声を掛ける。
 2,3度、瞼が震えると。相棒は。ゆっくりと、目を覚ました。
「もう一人のボク!」
 嬉しそうに、相棒の声が弾んで。思わず口許が綻ぶ。
「よく眠っていたようだな」
「うん、いつの間にか寝ちゃってたみたい」
 へへ、とどこか照れ臭そうに相棒が笑む。それを微笑ましく思っていると。
 相棒は無邪気に、いつもの問いを口にした。
「ねえ、もう一人のボク。今日こそは、殺してくれるの?」
 チクリ、と、胸が痛む。
 子供が親に土産をねだるように、無邪気に。無垢に。
 きっと、この胸の痛みなど知る由もなく、投げられたその問いに。
「…ダメだ。相棒はオレを独りにしたいのか?」
 痛みを隠して優しく微笑み、諭すように言う。
 その柔らかな髪を、撫でながら。
「ちぇー。…早く、もう一人のボクのものだけに、なりたいのになあ」
「今はこれで我慢してくれ。此処には誰もいないだろう?」
 そう。
 誰も知らない部屋。誰も居ない部屋。
 此処に相棒がいるのを知ってるのは、オレだけ。
 此処にいる限り、相棒は。
 誰の目に触れる事も。誰と言葉を交わす事も。無い。
 二人だけの、二人のためだけの、場所。
 相棒が望むままに、閉じ込めて。
 相棒が望むままに拘束して。
 それでも…相棒の願いは、尽きない。
「そうだけど…」
 不満そうに言うと、相棒は。ピト、とくっついて、来た。
「一つに、なれたら良いのにな。全部全部重なって、溶け合って。一緒になれたら良いのに」
「そう、だな…」
 けれど。そうなったらもう。触れられないのだ。見れないのだ。話せないのだ。
 それは。一つになれない淋しさと、どちらが上なのだろう?
 試してみないと、解らない事だけど。
「…いつ…殺して貰えるのかな…」
「………」
 言葉を探す。答えのない答えを。
 望む自分も、望まぬ自分もいるからこそ、口籠るしかなくて。
「今は…こうやって相棒を感じれるのが、嬉しいぜ…」
 体温を。鼓動を。確かめながら。
「相棒を独り占めしていたいのは、オレも同じだ。離したくないのも、ずっと傍にいたいのも…」
 相棒を死なせない為に、時々はこうやって外に行く必要こそあるけれど。
 それ以外はずっと傍にいるのは、相棒が望むからだけじゃない。
 オレ自身も、望んでいるからだ。
 それが、元々オレ自身の願いなのか、相棒が望むからなのかは解らないけれど。
 だが。抱きしめた時に一層強く湧き上がる愛しさは、紛れもなく本当で…
 離したくない、と、本当に心底願うのだ。
「…本当は、絶対逃げられないように、手足も切って欲しいくらいなんだけどな…」
「…その気になれば逃げれる状態なのに逃げない方が、より、愛情と服従を感じないか?」
「…へへ、そっか」
「それにオレは、相棒の綺麗な手も好きだぜ」
 そっと片手を手に取って、その甲に口付ける。滑らかで白い、その肌に。
「っ……いきなりは、照れるぜ……」
 照れ隠しからか、不満そうにこぼす相棒を。愛しく思いながら。
 悪戯心が芽生えて、その顔を覗き込む。
「じゃあ、許可を貰うとしよう。キスして良いか?相棒」
 笑みをひとはし載せて。囁くように問うと、相棒は。案の定、顔に朱を走らせた。
「…っ、~~~」
「どうした?オレはお望み通り、ちゃんと事前に聞いてるだけなんだが」
 意地悪く、追い打ちを掛けると。少しの間の後に、相棒は。小さく、頷いた。
 クス、と笑んで。優しく優しく、口付ける。
 ああ。やはり…愛しい。この上なく。
「…やっぱりもう暫く、殺すのは無しにしよう。相棒に口付けができなくなる」
 赤面して顔を逸らそうとする相棒を、許さず。頬を押さえて、額に口付け。
 そして、瞼、鼻頭、唇、耳と、軽く唇で触れて。
「ゲームだって、すぐにクリアしてしまっては勿体ないだろう?」
 その目を優しく覗き込んで。
「安心しろよ、相棒。この目も、耳も、唇も、鼻も。全てオレだけのものだ。オレだけが、触れる権利があるんだ」
 相棒も、オレも、二人共に望んでいるからこその、権利。
 誰にも渡さないし、誰の許可も必要ない。
「誰にも見せない。誰にも触れさせない。誰とも話させない。大事に大事に、繭で守ってやる」
 死が訪れる、その瞬間まで……
「うん……」
 嬉しそうに、相棒が微笑む。無邪気に。何の疑いもせず。
 果たしてそれは、相棒を閉じ込める為の檻なのか。
 相棒を守るための繭なのか。
 だが、きっと同じ事なのだ。外に出したら相棒は、いつ傷付いて壊れてしまうか解らないのだから。
 オレはこの、もっとも安全な繭の中で、大事に大事に守ってやるだけ……


 …壊れてしまったのは、いつだろう?
 …狂ってしまったのは、いつだろう?
 …誤ってしまったのは、いつだろう?
 解らない。わからない。ワカラナイ。
 それでも。
 相棒を守る事。相棒に応える事。それだけが。
 オレの、全て……
 可能なら、全ての願いに応えてやりたいけれど。
 それは終わりを意味する事だから。
 延ばしきれないと解っていても、可能な限り、先延ばしにして。
 せめて少しでも、長く。せめて少しでも、多く。
 共、に……


 ああ。
 黄金の果実の味は。どんななのだろう。
 決して許されない、その、罪の味は。
 いつかそれを食べるのだと、知りながら。
 その日が来ない事も願いつつ、相棒を、強く抱きしめた。



 End.