溢れる想いを痛みに代えて

 逸る心のままに。そこ、を目指す。
 愛しい人のいる、その場所を。
 辿り付くと。彼は。悠然と、微笑んだ。


「…来たか、アテム」
「ああ…待たせたな、魔王……」
 庭園の中央に。悠然と座る魔王を、見詰める。
 この空間の主に相応しい、その姿を…
「どうした?脱がないのか? まあ…その服ごと切り刻むのも、そそられそうだがな」
 くつりと喉を鳴らして促されて。おずおずと、服を脱ぐ。
 恥ずかしさと期待に、打ち震えながら。
 全部脱ぎ終えると、脱いだ服を畳む間も惜しんで駆け寄った。
「魔王…!会いたかったぜ…!」
 ぎゅ、と。思いのたけを込めて、抱き付く。どれだけ求めていたかを伝えるように、強く、強く。
 そして、想いのままにその足に口付けると、柔らかく頭を撫でられた。
「フフ…淋しかったのか?」
「ああ…とてもだ。魔王のいない世界なんて、詰まらないぜ…ずっとこうして一緒に居たい……」
 ポツリと本音を漏らす。本当に…ずっと此処に居れれば良いのに。
「フフッ、そうか」
 撫でられて嬉しくて、軽く目を伏せる。魔王の手…魔王の温もり。
 今、魔王を感じれているのは、オレだけ……
 それだけでも、幸せで仕方が無かった。
「…顔を上げな、アテム」
 その言葉に、素直に従うと。ゆっくりと首輪を、嵌められた。
 上気した肌に、少しだけ、ひんやりする。
 その冷たさを味わっていると。唐突に、グイ、と引っ張られた。
「!?」
 リードを引っ張られたのは解る。だが、それ以上に首が締まった事に、思わず驚く。
「フフ…どうだ?」
 愉し気な声と共に、ぐいぐいと、オレを振り回すかのように更に引っ張られる。
「…あっ…うっ……」
 思わず声が漏れる。引っ張られるほど首が締まり、混乱しながら振り回される。
「フフッ、良いだろう…特別製だぜ」
 その言葉に、何か仕掛けがあるのだと把握する。と同時に、嬉しさが込み上げてくる。
 特別製…魔王は何かオレの為に、用意してくれたのだ。
 そしてそれで遊んでくれている…オレで愉しんでくれている。
「…くっ…はっ……」
 息苦しいよりも、嬉しくて。
 もっと愉しんで貰いたい、もっと魔王を悦ばせたい…その想いで一杯になっていく。
「…イイ顔になってきたな」
 揶揄するような言葉に、媚びるように見詰めれば。
 魔王は、クス、と笑んで。力一杯にリードを引っ張った。
「…っ…、は……」
 反射的に声が出そうになるが、声が出ない。苦しい…苦しい。でも。
 愉しそうな魔王の顔を見つめて。思わず、顔が綻ぶ。
 このまま殺されたって構わない。魔王が喜んでくれるのなら…
 「…っ……!」
 唐突に解放されて。空気を貪る。ゼイゼイと肩で息をすると、僅かに涙が滲んだ。
「…今日は少し変わった事をしようか」
「…?」
「…アテムの手足…貰っても良いよな?」
 貰って良いか、ではなく、良いよな、との言葉に嬉しくなる。
 質問ではなく確認。そう、許可なんて要らないのだ。
「勿論…勿論だぜ、魔王……」
 心から嬉しそうに、微笑む。その先を、期待して。
「フフッ…良い子だ。そこに寝な…動くなよ?」
 コクリ、と頷く。地面の冷たさを感じながら横になると、心臓がドクドクとした。
「行くぜ」
 魔王が刃をオレにあてる、と。躊躇う素振りも無く、一気に力を込めた。
「あっ…あぁあっ…!」
 焼ける。焼き切られる。痛いよりも、熱くて熱くて。けど。
 うれ、し、い……
 狂った陶酔の中で、魔王を見つめる。この瞬間が永遠に続いても良いとすら思いながら。
 そんな想いを知ってか知らずか、魔王は。涼し気に笑みすら浮かべながら、オレを「解体」していった。
「さて、止血するぜ。暴れるなよ」
 言うが早いか。傷口を焼かれて『止血』された。
 大人しく、と思っても身体が勝手に動き、口から勝手に濁った悲鳴が出る。
 傷口を全て焼かれ終った頃には、もう大分体力を消耗してしまっていた。
「なんだ、もうグッタリしてるじゃないか。フフ…まだこれからだぜ?」
 髪を掴まれて、見上げさせられる。
 痛みに軽く顔を歪めながらも、嬉しさに顔が綻ぶ。
「さて、そのままじゃなんだからな。用意しといた奴が有るんだ、嵌めてやるぜ」
 そう言われると、目隠しされた後、手足に何やら嵌められた。
「よし、と。さあ、立ってみな」
 言われて従う、が、すぐにバランスを崩した。
「!?」
 何度も四つん這いになろうとするが、何故か手足がグラグラして上手く立てない。
 最初は、切断されたせいで上手くバランスが取れないのかと思ったが、明らかにおかしかった。
「フフ…やはり球面だとすぐには難しいか」
 その言葉に、ようやく把握した。どうやら球面だったせいでバランスが取りにくかったらしい。
 慎重にバランスを取りながら、改めて挑む。僅かな重心移動でもグラグラするが、ようやく立つ事が出来た。
「立てたか。なら折角だ…たまには一緒に散歩でもしようじゃないか。付いてきな」
 リードを持って、悠然と魔王が歩き出す。それに一生懸命付いて行くが、難しい。
 だが、少しでも遅れると首が締まる。必死で追い掛ける以外、無かった。
 すぐに息が上がる。立ってるだけでも相当神経を使うくらいだ、体力の消耗が激しい。
 だが魔王の歩は緩まない。ゼイゼイと追い掛けていると、微かに鼻歌のようなものが聞こえた。
 どうやらこの散歩は魔王のお気に召したらしい…機嫌が良いらしいと感じて、嬉しくなる。
「…こんな所にしておくか。良く頑張ったな」
 撫でられて、思わず額を魔王に擦り付ける。嬉しくて、ただ純粋に、嬉しくて。
 思わず、いつものように魔王に腕を乗せようとして、バランスを崩して倒れる。
 頭の上で、ククッ、と、喉が鳴るのが聞こえた。
「ほら…来な」
 気配で、魔王が座ったのだと感じた。喜んで近付き、その足に両手を乗せ、伏せる。
 魔王の腹の辺りに頬を擦り付けると、ゆっくりと頭を撫でられた。
「魔王だ…魔王だ……」
 当然の事を、敢えて口にする。魔王の存在を感じているのだと、触れているのだと、実感したくて。
 はむ、と、啄むように口付ける。何度も啄みながら、少しづつ下に下がっていき、そしてその靴に、口づけた。
 崇めるように、その甲の部分に口付けをしていると。薄笑みを浮かべた魔王に、反対の足で頭を踏まれた。
「あ…」
 思わず、溜息のような声が漏れる。呼応して感情が昂り、踏まれたまま、より強く口付ける。
 だが、更に強く踏まれて、とうとう、その強さに負けて額が地面に付いた。
 それでも魔王は力を込めるのを辞めず、どころか、グリグリと踏みにじられる。
「あっ、あぁっ…」
「フフッ…」
 涼し気な魔王の笑みを聞きながら。益々嬉しくなる。
 魔王の重み。強く触れているその実感に。思わず、笑みを漏らしていると。
「嬉しいのか?」
「勿論だ…勿論だ、魔王…」
「ふうん?」
 クス、と笑むと。踏まれたまま、強くリードを引っ張られた。
「か…は……」
 息が詰まる。顔が熱くなる。何処か遠くで耳鳴りがして。それでも、嬉しくて。
「フフ…喜びな、アテム。今日は趣向を凝らしてやるから、しっかりとその身に刻みな」
 何をとは言われなかったが、関係ない。
 オレは魔王がしたい事を受けるだけで選択肢も拒否権も無いのだし、求めてもいない。
 ただ、魔王が自分から、何かをしたいと思ってくれて、それをしてくれる…それが純粋に嬉しかった。
「こっちだぜ、アテム」
 魔王に付いて、少しばかり歩くと。柱が数本立ったような、不思議な場所に出た。
 その柱の一つに、リードをピン、と張らせて括りつけられる。
 そして、手足も少しばかりの余裕を残して、それぞれの柱と鎖で繋がれた。
 何をされるのか、僅かな不安と期待に胸が高鳴る。
「さて…動くなよ」
 魔王が手にしてるのは、茨の蔓だった。それを、身体に触れない程度のアーチを描いて、身体に沿わせられる。
 全体に張り巡らされたので、少しでもバランスを崩すと、すぐに何処かしらが触れそうだった。
 何となく、魔王の意図を察する。
「フフッ…良い趣向だろう?今日はこれで遊んでやるぜ」
 魔王がナイフを取り出して、肌に当てる。その冷たさに、期待が更に高まった。
「さあ…イイ声で鳴けよ?」
 くつり、と魔王が喉を鳴らす。それが、合図。
 グサ、と、刺された。解ってはいたが、その痛みに思わず身体が反る。
「ぎ…!」
 動いた事でリードが引っ張られ、首が締まる。思わずバランスを崩し掛けると、茨に触れて棘が刺さった。
「…っ…!」
「フフ…」
 あちらこちらを切られる度に。身体が震え、動き、その度に首が締まったり、棘で更に肌を裂かれる。
 踏ん張って堪えようにも、球面なので安定しない。鎖自体にも微妙にゆとりがあるせいで、動けてしまう。
 それでいて、倒れる事はできない…とても計算された、残酷な檻だった。
「くっ、あっ、うっ」
「ククッ…良い声になってきたじゃないか」
 愉し気な魔王の声が降ってくる。笑みを浮かべ掛けるが、段々その余裕もなくなってきた。
「あ…あぁあっ!くっ、うぅうっ…!」
 長く切られるのを、繰り返される。傷口が熱い。全身が火照って汗ばんでいるのが解った。
 汗が傷口に染みて、ジンジンする。
 どこもかしこも、痛くて、熱くて、ジンジンして。思考が徐々に蝕まれていく。白い闇に。
「あ…ぁ…っ…魔王…くっ、あっ…まお…うっ…」
 求めるように、縋るように、その名を呼ぶ。その名が、その存在が、全て。
 痛みも、熱も、何もかもが、魔王そのもの。
 呑まれる。包み込まれる。全てが。魔王に。
「どうした?限界か?」
 言いながらも手は止めずに、揶揄うような声音で聞いてくる。わざと聞いてるのは明らかで。
「もっ…あぁっ、もっ、と、…うぁっ…魔王…!」
 精一杯の、懇願を捧げる。
 ガクガクし始めていても。少しでも棘に触れるまいと、反射的に踏ん張ろうとしていても。それでも。
 求めてしまう。願ってしまう。更なる深みを。更なるその先を。
 脳味噌が蕩ける程の痛みを。
 魔王にだけだ。こんなに狂うのは。
 魔王にだけだ。こんなに求めるのは。
 何をされても嬉しくて、何をされても気持ち良くて。
 全てを捧げたくなる。例え全てを壊されても構わない程に。
 もっと、深く、深く、魔王を感じれるのなら。
 もっと、深く、深く、オレを感じてくれるのなら。
 その為なら。
 手段は問わない。その後の事も、構わない。
 魔王でオレの全てが満たされるなら。
「アテム…愛してるぜ。お前は永遠にオレの玩具だ…永遠にオレが飼ってやる」
 その言葉に。
 激しい痛みの中で、微笑む。
 魔王だけの玩具。魔王だけに愛でられて、魔王だけに壊される、その、至福。
 真っ赤な闇に呑まれる刹那。
 魔王だけが、煌めいていた。