赤き月の夜は〜蔵馬〜

 静かな、夜だった。10月に入ったばかりとはいえ、もう随分と寒い。
 シン、とした空気。静か過ぎる、妙に居心地の悪い空気。
 ホ、ウ…。
 ため息を一つ。何とはなしに、窓の方へ視線を向ける。
 当然の事ながら、在るのは闇ばかり。またため息をつきそうになり、気付く。どうやら自分は、無意識の内にそこに見知った影を見つける事を期待していたらしい。
「だめだ、な…」
 カタン。
 ゆっくりと、立ち上がる。椅子のたてる音が、やけに大きく感じられる。
 窓際までやってきて、何となく窓に手をやる。キィッと音を立てて、窓は開いた。と、同時に風が入ってくる。
 体が火照っていたのか、気持ちがよかった。
 静かな…静か過ぎる、夜だった。
 夜は、苦手だ。特に、こんな夜は。
 ホ、ウ。
 見上げると、深紅の月。それを認めた時、余計に切なくなった。それは…あの人の色だったから。残酷で冷たくて気まぐれで……けれど、誰よりも愛しい、人。
 風が入ってきて、体がブルリと震えた。体はとうに冷えていた。思わず、体をその腕で抱きしめる。けれど、抱きしめるのが自分の腕であることで、余計に寒く感じられる。
 窓を閉め、ヨロリと覚束ない足取りでベッドへ向かい、その身を横たえる。
 温めてくれる人は、今はいない。
 視界の端に、赤き月。不気味な、けれどある種の美しさを備えた、それは。冷たくて恐ろしくて…けれど、惹かれずにはいられない。
 ホウ…
 気まぐれな、その色の持ち主は。今は何処とも知れぬ、遠い空の下。



 ……?
 何とはなしに覚えた気配に、目が覚める。
 と、気配に変化がおこり、次いで声が降ってくる。
「相変わらず、勘がいいな」
 聞き覚えのある、その声…!
 ガバッと、跳ね起きる。
「起こす手間が省ける」
 くつくつと、飛影が笑う。
「飛影!」
 思わず、声が高くなる。
「いつの間に来てたんですか?ああ、そんなとこにいないでこっちに来たらどうです?風邪を引きますよ」
 窓を玄関としている飛影は、窓を開ける事はしても、閉めることはなかった。当然、今も開いていて、冷たい風が入ってきている。
 とりあえずは、窓を閉めようと、窓へ向かう。
「外は寒かったでしょう?今、何か入れますね。何がいいです?コーヒーに紅茶に…ああ、ハーブティーのいいのも入りましたが」
 振り返り、放った問いに、飛影はくすりと笑った。
「そんな物はいらん」
「え?」
「お前が温めてくれればいい」
「ちょっ…」
 唐突に、床に押し倒される。飛影は、身長のわりに力がある。しかも、本気で抵抗はできないとなると…抗う術(すべ)は無かった。
「飛…」
 言葉は、飛影の口によって、閉ざされた。
「…っ」
 唇が、離される。と、飛影がくすりと笑った。
「涙の跡がある。淋しかったのか?」
 …図星だ。
 言葉に困っていると、飛影はさらに言葉を重ねた。
「今夜は、月がいい色をしている。さぞかしいい夢を見れたことだろう…」
 悪夢、だ。貴方のいない夢は全て…
 ふっと、飛影が笑う。まるで、こっちの思考を読んだように。
「俺が、欲しいだろう?蔵馬」。
 答えれは、しない。その行為が、嫌なわけではない。むしろ逆、だ。
 嫌なのは…
 肯定も拒絶もしない事を、肯定と受け取ったか。満足げに飛影は微笑んだ。
 いや…飛影にとっては、それはどちらでもよかったのだろう。飛影は俺を抱いてはくれるが、愛してくれているわけではないのだから。
 ただ、俺が拒む素振りを見せなかった事で、面倒が無くて助かる、それくらいに思っただけにすぎない。 
 飛影のその手がいつものように服を脱がせ、いつもの営みを始める。
「あぁっ!」
 たちまちのうちに思考はその力を失い、ただ飛影の熱だけが感じられていた。



「もう、行くの…?」
 いまだ体の熱は冷め切っていないというのに、早々に服を着始めた飛影に、尋ねる。
 「淋しいか?」
 答えれは、しない。うつむいていると、近付く気配。くいっと顎を持ち上げられ、口付けをされた。
 この一瞬が、永遠の物であればいいのに…。
 でも、それは叶わぬ願い。
 唇が離され、飛影が面白そうに顔を見つめる。何故か辛くなって視線をそらし、そして、問いを紡いだ。
「ねえ…俺の事、好き?」
 問いに飛影は答えず、歪んだ微笑みだけを残し、帰っていった。
 開けられたままの窓が、妙に物悲しい。
 気付けば、強くこぶしを握っていた。
 かすかな痺れを訴える手を、ぼんやりと見つめる。
 先程まで感じられていた温もりは…もう消えていた。

『俺の事、好き?』
 放った、問い。
 返される事のなかった、言葉。
 飛影の表情と共に、リピート。

 嘘デモイイカラ、好キダト言ッテ欲シカッタノニ…