月想睡夜

 シン、とした夜の空気に、キイ、という多少耳障りな音が響いた。
 飛影が、例によって蔵馬の部屋の窓を開けたのである。
 飛影は、部屋を見まわすと軽く舌打ちした。部屋の主、蔵馬がいなかったからである。妖気の残滓の弱さから察するに、少なくともまる1日は部屋を留守にしているらしかった。
 飛影の脳裏に、数日前の蔵馬の様子が思い浮かぶ。
 『飛影…もしかするとしばらく家を留守にする事になるかもしれないんだけど、その時は母さんの事を頼めないかな?何時またおかしな事を考える輩が出るとも限らないし…』
 『フン、人間のおもりなど。お前が何か仕掛けて行ったらいいだろう。得意だろう?』
 『そう、ですね…』
 あの時は気にも止めなかったが、あの時の蔵馬は、何となく様子がおかしかった。だいたいが、蔵馬は今までに何度か家を離れているものの、一度として誰かにそういった事を頼んだ事はなかったはずなのだ。
 …チッ!
 舌打ちをする。
 気付けなかった事に対してか、教えてくれなかった事に対してかは、本人にすら判らなかったけど。
 バッと手荒く額の布を取る。
 顕になった目に、意識を集中する。そして、探す…蔵馬の母を、そしてその近くにいるはずのモノを。
 チリッ
 僅かな熱と共に、闇の中に一層濃い闇を捉える。
「あれ、か…」
 口元を僅かに歪めて。
 闇に向かい、囁いた。
 後悔するがいい。
 一瞬でその闇の元へと移動し、そして捕らえる。
「さあ…案内してもらおうか」
 闇の中、低く静かな飛影の声が、空気を震わせた。



  コツ、コツ、と音を立てて。薄暗い洞窟の中を歩いていく。空気がひやりとして感じられるのは、決して洞窟内というだけではなかっただろう。纏わりつく妖気を、鬱陶しく想いながら、歩を進める。
  ここが敵地である事を考えると、本来自分の存在を主張するのは得策とは言えなかったが、飛影はそんな事には全く頓着していなかった。結界を破って強引に進入したのだから、今更隠しても大差はないだろうし、それに、纏わりつく妖気はどこまでも低俗で低級で…不快を隠すなど、至難の技であったのだから。
 足音が、止まる。前方には大きな鉄扉。それを認めた飛影は、無表情でそれを切りつけ、一瞬でそれを鉄の残骸へと変えた。そして見据える…視線の先には、不快でしかない存在と、その隣には今は同じくらいに不快を感じる存在があった。
 「随分と騒々しい来客だな」
 明らかに格下であるそれは、尊大な態度で言葉を放った。
「蔵馬を返してもらおうか」
 短く告げると、それは可笑しげに笑い、そばにあった黒い塊を引き上げた。
 …蔵馬。
 冷静に、判断は下された。黒いそれは、血であろう。その多さから見ても、随分と酷い目に合わされたらしい。蔵馬はぐったりとしていて、ピクリとも動かなかった。
 敵――時闇が、蔵馬をぐっと強く揺さぶった。
「う…」
「ナイトのお迎えらしいよ?」
 時闇が、蔵馬のその長い髪を掴み、無理に蔵馬の顔をこちらに向けさせた。蔵馬の視線がゆっくりと動き、飛影の姿を捉える。
 「ひ、え…」
 弱々しいその声に、不快が更に募る。
 「蔵馬を…返してもらおう」
 「いやだ、と言ったら?」
 カッとなり、剣を抜く。
 「こうするまでだ」
 「だそうだけど?」
 キッと睨むのに、時闇は気にした素振りもみせずに、蔵馬にそう告げた。
 「だ、め、ひえ…時…ころ…たら、母…」
 時闇の言葉に、途切れ途切れの言葉で、蔵馬が訴える。
 それを聞いて時闇はくくっと笑った。
「お姫様にナイトは無用らしい」
「ふざけた事を。お前が、蔵馬がそう言わざるを得ないようにしているくせに」
「僕は、ただ忠告しただけさ。無視するも従うもこいつの自由…強制はしていない」
 厚顔無知にも、そう告げる時闇の言葉に舌打ちする。
「ふざけた奴だ……」
「どう取ろうと勝手だけどね。蔵馬は渡さないよ」
「渡してもらうさ…力づくでもな」
「へえ?蔵馬の母がどうなってもいいの?蔵馬はそれを望んでいないようだけど?」
 薄く笑い、黒い塊を取り出して時闇に向けて放り投げる。
「忘れていたが、土産だ」
 ちらり、と時闇がその塊に視線を向ける。
 その瞳からはすでに可笑しげな光は消えていた。
「ふうん…まんざら馬鹿ってわけでもないんだね」
 軽く、睨み合う。
「さあ、蔵馬を返してもらおうか」
「嫌だね」
「…何だと?」
「まさか、使い魔が一匹だけだとでも思ってたの?僕はそんな無謀な事はしないさ…蔵馬の母だけじゃなく、弟や父にも送ってある」
「…貴様」
 ギリッと、臍を噛む。
「それでも僕を殺す?きっと蔵馬は怒るだろうね。何せ」
 一旦言葉を区切り、時闇が蔵馬の体を引き寄せる。
「こんなにされても、抵抗する素振りすら見せなかったこいつの事だ」
 時闇は薄く嗤うと、ナイフを取り出して蔵馬の肌をスッと切り裂いた!
「蔵馬!」
 衰弱しきった蔵馬の体は悲鳴も上げれず、音にならぬ叫びをもらしただけだった。
「綺麗な体だよね…血を流すと、余計に美しさが際立つしさ…何度見ても飽きないよ」
 そう言って、時闇は再び蔵馬の腕に刃を当てた。
「やめろ!」
 飛影が叫ぶが、かまわずに時闇はその腕に朱を走らせた。
 苦痛に、蔵馬が耐え切れずに意識を手放す。
 その瞬間まで、欠片程も抵抗せずに。
 「何だ…気絶しちゃったんだ。もっと遊びたかったのに」
 残念そうに呟く時闇の言葉が、遠い所で響いている。
 気配を察して、時闇が飛影ににっと笑いかける。
 「大丈夫、安心しなよ。殺しはしないから、さ。死の直前までいったら再生してやって、また切り裂いてやるんだ。永遠に、ね。」
 何かが切れる音が、した。
 剣を構えて、時闇を睨みつける。
「何、僕を殺す気?言ったでしょう?蔵馬が好きなら…」
「五月蝿い」
 時闇の言葉を遮り、言葉を放つ。
「そんなものは知らん。俺には関係ない。関係あるのは、蔵馬を傷つけたお前を許せんという事だけだ!」
 怒りにまかせ、剣を振るう。
「お前に、蔵馬が負ったのと同じだけの傷を負わせてやりたいが、今は蔵馬の傷を早く手当てする事のが大事だ。感謝するんだな」
 すでに虫の息の時闇に言い放ち、蔵馬をそっと抱き上げる。
 抱えて走り出そうとした時、時闇の妖力が増すのを感じて振り返った。
「お…のれぇ〜」
 叫び声と共に立ちあがった時闇の瞳は、爛々と輝いていた。
「カラウィルナ、ジルヴァイレ、ウィルソテマ、ニアトゥイレ、ウェルソナタ!」
 …?
 不可思議な言葉を叫ぶ時闇を、飛影が訝しげに見つめる。
「ジルヴァイレ、トゥエルソナ、ラ・ヴァイス!」
 時闇が、叫び終わるのと同時に印のような物を結び、その手を蔵馬に向けた。
 一瞬辺りは太陽を覚え、眩んだ目が慣れるとそこには、地に伏し肩で息をしている時闇の姿があった。
「くっくくくっくっ…」
 時闇が狂った響きを宿したそれで、笑う。
「何が可笑しい!」
「蔵馬はもう助からないよ…今、蔵馬に呪いをかけた…どうせ助からないこの身、せめてもの慰めに道連れにしてやるさ…」
「なっ…!!!」
「今宵、満月が空の最も高い所に現れた時、蔵馬の体は石化を始める…解く方法はただ一つ。俺の呪いを破れる程の強い妖力をその身に宿す事。ただしその場合蔵馬の母は確実に死ぬけどね」
「貴様ぁ〜!」
「どちらでも好きな方を選ぶといいさ…どっちにしろ蔵馬は苦しむのだからね…」
 言い終わると同時に、時闇の体は崩れ落ち、そして2度と動く事は無かった。
「くっ…」
 悔しげに時闇を睨みつけるものの、相手はすでに黄泉への道を辿ったものであれば、為す術もなかった。
 とりあえずは、傷の手当てが先。
 消化されぬ思いを抱いたまま、洞窟を後にした。



 隣で寝ていた蔵馬の目覚めた気配を感じ取り、飛影はゆっくりと振り向いた。
「飛、影…?」
「ああ」
 不思議そうに自分を見つめる蔵馬に、静かに答えてやる。張りついた笑みが何となくぎこちない物になるのは仕方が無かった。
「どうし…つっ!」
 蔵馬が、起きあがろうとして苦痛にうめいた。慌てて、蔵馬を制す。
「まだ寝てろ。あれだけ酷い目にあったんだから」
「あ…」
 その言葉で全てを思い出したらしい蔵馬の体が震える。痛々しく思い、その体を抱き寄せた。
「大丈夫だ。時闇はもう死んだ。もう、終わったんだ」
 ゆっくりと、言い含める。酷く、泣きたい気持ちだった。
「助けて、くれたんだ…」
 少しの間をおいて、蔵馬が気付いたようにポツリと言った。
「ありがとう」
「別に、礼を言われる程の事じゃない」
 そう言うと、蔵馬がふわりと微笑んだ。
「母さんは?」
「大丈夫。向こうも無事だ」
「よかった…」
 安心したように、蔵馬が呟く。
 それを見て、ズキリ、と胸が痛んだ。
 そうだ、こいつはこんなにも、母を大切に思っている…。
「飛影?」
 訝しげに蔵馬が問うのに、安心させるように微笑んでやる。
「どうした?」
「いや…どうかしたの?」
「いや、別に」
 納得したのかしていないのか、僅かに首を動かす。それが、可愛らしかった。
「何か欲しい物はあるか?」
「少し、喉が乾いちゃって…」
「判った」
 少し待ってろ、と言い置いて階下へ向かう。
 大体は判っていたため、手間取る事は無かった。
 すぐに、あまり熱くない茶を持って蔵馬の部屋へ戻ってくる。本当は何か効果のあるハーブティーでもいれてやりたいところだったが、残念ながらハーブには詳しくなかったもので。
「ほら」
「ありがとう」
 蔵馬を起こしてやって茶を手渡す。
 湯のみが自分の手から蔵馬のそれに渡る瞬間、湯のみは支えを失い、その中身を蔵馬のシャツに与えて、床に落ちた。弱っていた蔵馬の手に、それは重過ぎたのだった。
「ごめ…」
「気にするな。俺の不注意だ」
 蔵馬の言葉を遮って、謝る。
「脱いだ方がいいな」
 コクリ、と頷いて蔵馬が従う。
 ボタンをはずしていたその手が、中程で突然止まった。
 不信に思って、蔵馬を見つめる。蔵馬の瞳にあるのは、驚きと不安と…そして恐怖。
「飛影、これ……」
 蔵馬の視線の先にあるは、刻印…時闇のつけた。
 後悔、した。飛影は今までで最高のそれを、感じていた。
 もっと注意するべきであったのだ、自分は。
 けれど…もう、遅い。
 そっと、顔を背ける。
「…飛影?」
 震えた、声。
 やめて、くれ。そんな声で…そんな顔で…。
 拳を、白くなる程に握り締める。
「…知って、いるんでしょう?」
 答えない…答えれは、しない。
 けれど…それこそが何よりの肯定の証。
「言って…言ってよ!」
 悲痛な、その叫び。
 時が、その流れを止める。
 ああ…お前は、酷く…残酷だ。
 飛影が、悲しげな微笑みを載せた顔を、蔵馬に向ける。
「蔵馬…」
 その体を、抱きしめる。
 そして、紡ぐ…刃の如く喉に痛みを与えるその言葉を。
 決して顔を見せずに。
「時闇が、死の間際にお前に呪いをかけた…月が空の最も高い位置にその身を置いたとき、石化を始めるようにと…」
 蔵馬の驚愕が、身に伝わってくる。
 叫びは、無かった。
「う、そ…」
 とても小さな、呟き。
 …お前は、とっくに判っていただろうにね。
「俺が、冗談を言える性質じゃない事は、知ってるだろう?ましてや、こんな性質の悪い…」
 自嘲的に、呟く。
 冗談だったらよかったのにな。
 一時、静寂が降りる。
 少しの間をおいて、蔵馬が呟いた。
「そっ、か…」
 全てを諦めたような、その声。
「また俺は、苦しまなきゃならないんだ…」
 飛影の脳裏に、時闇のところで見た蔵馬の、あの酷い姿が浮かぶ。
 蔵馬の…そして飛影の胸の痛みを思うには、それで充分であろう。
「助かる方法は、あるんだ…」
 けど、お前はしないだろうね。
 蔵馬と一瞬だけ視線を交わして。
 言葉を口に載せる。
「お前が、妖狐の姿に戻れば…呪いを解く事は、できるんだ」
 少しの期待を載せた言葉。
 けれど蔵馬の反応は予想通りで。
「駄目だよ…そうしたら、母さんが死んでしまう。俺の妖力が増せば、母さんの体に仕掛けられた爆弾が爆発するようになってるから…それは、出来ないんだ」
「そんなに…大切か?」
 問いに蔵馬は答えず、ただ複雑な微笑みを載せるだけだった。
 泣いているようにも見えるその表情で。
「認めない…」
 目じりが、熱い。
「認めない!」
 叫ぶ。夜の闇を払いのけるほどの強さで。
 この目の前の現実すら、吹き飛ばせればと思った。
 目が、そして喉が、痛い。
 瞳に映るは、蔵馬の悲しげな微笑み。
 …泣いているのは、どちらだろう。

「飛影…今、何時?」
 蔵馬がそう口を開いたのは、よほどしばらくしてからだった。
「…月なら、もうじき中天に来る」
「そっか…」
 もうじき、死を迎えるというのに、不思議な程穏やかな口調で、蔵馬が呟く。
 自分の中からも、先程までの激しい嵐は、身を潜めていた。
 こんな…ものなのだろうか。
「何か、欲しい物はあるか?」
 問いに、蔵馬は少し考える素振りをして、答えた。
「月が…見たいな」
「物好きだな」
 苦笑し、答える。
 死の使いであるそれを見たいなどと。
「そうだね」
 蔵馬も苦笑し、答える。
「まあ、いいさ…夜気は少し体にこたえるかもしれんが、構わんのなら連れて行ってやる」
 コクリ、と頷く蔵馬を抱え、窓から外に出る。
「遠出はできんな…屋根の上でもいいか」
 屋根の上に、腰を降ろす。傾斜がそれほど急でもなかったのは幸い。
「綺麗…」
 月を見上げ、蔵馬が呟く。
 青白く輝いているそれは、何処か神秘的でもあった。
「満月だったんだ…」
 その大きな月は、確かに綺麗な円形をしていた。
「ね、飛影。十五夜じゃないけど、お月見でもしようか」
 蔵馬の言葉に半ば呆れてしまう。
「呑気なものだな」
「いいじゃない。どうせ…最後なんだし」
 努めてさりげなさを装って、最後という単語を口にする。
 蔵馬は馬鹿だと、飛影は思った。
 だから、従ってやる。
「判った。だが、茶にしろ。ただでさえ冷えるんだ。飲み物まで冷たいのを選ぶ事はあるまい」
 コクリ、と頷くのを見取って、再び部屋に入る。そうして、先刻、結局蔵馬が飲む事のなかった茶の入っていた湯のみを持って、階下へ向かう。
 しばらくして、盆から溢れる程に菓子をつんで、飛影が戻ってきた。
 屋根の上で、茶で乾杯し菓子を食らう、少々おかしな宴が開かれる。
 盆の菓子が尽きる頃には、月はとうに高い所にあった。
 たちまちのうちに、気分が沈んで行くのを感じる。
 二人とも、すっかり無口になり、聞こえるは時々思い出したように茶を啜る音のみ。
「ねえ、飛影…」
 蔵馬が遠慮がちに口を開く。
「なんだ?」
「頼みが、あるんだ…」
「言ってみろ」
 今日だけは蔵馬の望みは全て叶えてやると誓っていた飛影は、その先を予想しつつも、先を促した。
「この体が石化を始めたら…切ってほしい」
 スゥッ、と、目を閉じる。やっぱりお前は残酷だよ…蔵馬。
 けれどもう、その言葉によって新しい傷が出来る事はなかった。
 前の傷は未だ血を流してはいたが。
「ああ…いいさ」
 自分でも驚くほど静かに、声は出た。
 感覚がマヒしているのかもしれなかった。
 それとも、耐え切れないような痛みにも、慣れる事が出来るものなのだろうか?
「ごめんね」
「気にするな」
 短く、答える。
 そしてまた訪れる静寂。
 けれど今回は長く続く事はなかった。
「本当に綺麗な月…」
 返事を求めてはいない声で、蔵馬が呟く。
「どうして月が見たかったんだ?」
 問いに、蔵馬がふわりと微笑む。
「母さんみたいなものだったからかな…。俺は、物心ついた時には一人で、ただ月だけがあったから…俺は月から生まれたんだと思ってた。見上げるといつもそこにいてくれる月は…俺の最初の母さんだったんだ」
「感傷的だな」
「そうだね…でも本当にそう思ってたんだ。優しくて綺麗な、生を与えてくれたはずの月。それが今日は死の使いだなんて、皮肉だよね。今までの行いが悪かったから見捨てられたのかな」
 自嘲も顕わに、蔵馬が呟く。
「でもまさか、2度も母さんから『秀一』を奪う事になるとは思わなかったな」
「気にする事はあるまい。生きるために他の命を屠るのに、躊躇いを覚える必要はないはずだ。屠る事無しに生きていける存在はいない……」
「そうだけどね」
 苦笑し、蔵馬が笑う。
「なら、気にする必要はないはずだ…罪悪感など、覚える必要はない。他の妖怪であれば、とっくに『秀一』は消えていたはず。母の命を助けるために暗黒鏡を使い、今またこうして死を甘んじて受け入れようとしている。お前は並の息子よりも出来た息子だったはずだ。感謝されていいくらいだ」
「そうだ、ね…」
 蔵馬の言葉は、低く静かに闇に解け込んだ。
 ふと、空を見上げる。
 月の位置が、高かった。
「くら…」
 不安を覚えて呼びかける。が、それが最後まで続く事はなかった。

  バリバリバリバリッッッ!!!

 稲妻がその身を覆っているかのように、青白い光が蔵馬の身を包み込む!
「あああああっっっ!!!」
 蔵馬の叫び声が、夜の闇に木霊する。
「くら…」
 何を言いたかったのか。それは本人にすら判らなかったけれど。
 それでも飛影は叫んだ。言葉は最後まで音となりはしなかったが。
「飛影…お願い」
 蔵馬が痛みの中、訴える。
 嫌だ、と言いたかった。言えればよかった。
 先程まではあんなに冷静であったというに、今ではその欠片すらありはしない。
 それでも…自分は約束したから。
 そして自分以上に蔵馬が苦しいのを感じ取れるから。

 …シュッ!



 肉を貫く音が遠くで聞こえた気が、した。
 空間が一瞬、震えた。
 時がその流れを限りなく静止に近付け…恐ろしくゆるやかな流れとなる。

 蔵馬の唇が一瞬何かを呟くように震え…その体が後に倒れかかる。
 目を閉じ、背をそらせたそのままで、蔵馬が静止しているような錯覚。
 それは刹那の瞬間の…一瞬の幻。

 その泡沫の夢の中、蔵馬の囁きを飛影は聞いた気がした。
『貴方と出会えて…最後の時に貴方と在れて、よかった…』
 それは、音とはならぬはずだった。
 けれど、飛影の耳には、確かに届いたのだった。

 蔵馬のその声が届いた時には、もう時の流れは正常な早さに戻っていて…そして蔵馬の体は、何の音も奏でてはいなかった。

 そっと、蔵馬の体を抱き寄せる。
 そこには、何もありはしなかった。
 音も、感情も…その世界には何も。
 泣く事もせず、飛影は長い事そうしていた。



 よほどしばらくして。
 飛影は蔵馬の体を蔵馬の部屋へ置くと、闇の中へと消えて行った。

 そうして。
 その後飛影の姿を確認できた者は、いない……