聖夜の贈り物

クリスマス。
イエスの生まれた日。
聖なる、日。

聖夜

この聖なる夜に、祝福を。

イエスは、罪を背負いて。
全ての人の罪を背負いて。
その命と共に。
天へ持ち帰った。

原罪。
人が最初から背負いし罪。
エデンに自ら背を向けた日から。
背負っている、もの。
それは自らの責ではなく。
けれど自らの咎。

聖夜。
それは。
聖なる夜。
神様からの贈り物。
全てを許すための。

けれど。
罪は?
紛れもなく自らの過失で負った責は?
許される?
許されない?

俺は。
この背に。
罪を。
背負いて。

聖夜。
その聖なる日よ。
この魂に祝福を。
この魂に哀れみを。

聖夜。
それは。
全ての人に等しく訪れる、許しの日。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「蔵馬ぁ〜!」
 聞き覚えのある、呼び声に。俺は微笑みつつ降り返った。
「幽助。どうしたんですか?」
「暇つぶしに出てきてたんだよ。蛍子のやつ、講習だか何だかにいっちまいやがって、付き合ってくれなくってさぁ。桑原は桑原で勉強なんか始めてやがるし」
 少し拗ねたその言い様が可愛かった。
「じゃあ、オレに付き合います?コーヒーくらいならおごりますよ」
「ほんとか!?やりぃっ!」
 飛び上がらんばかりの幽助に、くすくすと笑う。
「じゃ、行きますか」
 並んで、歩き出す。騒がしい街の喧騒も、何故か心地良かった。
「しっかし、見事な程クリスマス1色だよな〜」
「まあ、季節感は大事ですからね、この商売は。何処よりも早く、イベントをしようとする姿勢には、感心しますよ。まあ、だからと言っても、一ヶ月も前からするのは、どうかと思うんですけどね」
「だよなぁ……知り合いが言ってたんだけどさぁ、そいつ、誕生日がクリスマスでさ、何か誕生日が一ヶ月もある気がするとか言ってたぜ」
「それは…でも、一ヶ月もお祝いの気分を味わえるんですから、逆にいいんじゃないですか?」
「それがさあ、誕生日がクリスマスと一緒だってんで、一緒にされてしまうらしっくってさ。祝い事が一つ減ったってんで、クリスマスが嫌いなんだってさ。嫌いなクリスマスが一ヶ月もあるんじゃ、災難だよなぁ」
「じゃあ、今の季節は街などには出たがらないでしょう?」
「ああ。この前ゲーセンに誘ったら、思いっきり睨まれたぜ」
「……殴ったりしなかったでしょうね?その人」
「いや…確か何か技をかけた気がするな…何だったかな…」
 技の名前を思い出そうと考え込む幽助に、呆れてしまう。
「あのね;」
「ま、いいじゃん、んな事。過去を振り返る必要はない!前だけ見てればいいのだ!!!」
「何の受け売りですか;大体、幽助はちょっとくらい過去を見た方がいいと思いますけど?」
「いらんいらん」
「まったく……」
 呆れて、嘆息する。と、本屋が目に入った。
「あ、そう言えば…」
「ん?どうした?」
「いえ、欲しい本があったのを思い出して。ちょっといいですか?」
「ああ。別にいいよ」
 じゃ、と言って、本屋に向う。
 少し歩いたところで、凍りつく気がした。


 『悔い改めよ』


 それは、本屋の壁に、貼られていた。
 あちこちにはられているキリスト教の、文句の一つ。
「どうした?蔵馬」
「いえ…すみません、どうも題名を思い出せなくて……本屋は後にしようかと」
「そっか?ならそれでもいいけど」
「行きましょう」
 本屋に背を向けて、歩き出す。
 見たくはなかった、その文句を。
 見せたくなかった、その文句を。
 全てを隠して――全てに背を向けて。
 歩き出す…休める場所に。


 お気に入りの喫茶店について、ようやく人心地ついた気がした。
 いらっしゃい、という言葉が、その歓迎の言葉が、いつも以上に嬉しかった。
「何処にします?」
「窓際にしようぜ」
 一番奥に、席を取る。
 窓際の席は、不思議な場所だと、いつも思う。
 通りを歩く人と、1メートルも離れてないのに、世界が全く違う。
「ね、いいとこでしょう?」
 コーヒーを頼み、そう声をかけた。
「ああ。いい感じの店だな。よく来るのか?」
「最近見つけたんですよ。毎日は来れませんが…月に何日かは、来ますね」
「来れないって?そんなに急がしかったっけ?」
「違いますよ。一応、養われの身ですから」
 苦笑し、答える。
「はあ…そういえば、蔵馬は今日どうして街に?」
「幽助と同じですよ。退屈だったものでね」
「おふくろさんは?」
「義父と劇を見に行ったとか」
「へえ。お前も行けばよかっただろうに」
「これでも気をつかったつもりなんですけどね、一応」
「へえ…優しいんだな、随分と」
「…幽助?」
 何となく、気になり、問いかける。
「まだ、気にしてんのか?その事」
 幽助が、この体の胸を指して、言う。
 それは、決して小さな衝撃ではなかった。
「お前はいっつもおふくろさんに気をつかってばっかだよな……」
「…仕方が、無いでしょう?」
 ポツリと、呟く。
 そう、他に仕様がないのだ。
「俺は、時々お前を見てると腹が立つよ」
「え?」
「そりゃあな、気にしないのもどうかと思うぜ。普通は気にすると思う。でもな、いくら何でもお前のは行き過ぎだ。あの時だってそうだ。何処の世界に息子の命と引き換えに助かったりして喜ぶ親がいるっていうんだ」
 暗黒鏡の時を指して、幽助がいう。
 幽助が俺の事を思ってくれてるのは判る。
 けど。その言葉はナイフのようで…
「あの時とは、違うでしょう。そんな大した事じゃないでしょうに」
「似たようなもんだろ…お前は、いつも何かを犠牲にしてる。それが命であろうが時間であろうが、お前にとって大した差はないくせに」
「俺だって自分の事は大事にしてますよ。…止めにしませんか、こんな話」
 告げて、コーヒーを口に運ぶ。
 幽助の目が、痛かった。
「…真面目過ぎるのも考えもんだよな……」
「…幽助は不真面目過ぎますけどね」
「俺、1回死んだだろ…生き返ってからこっち、しばらくお袋は俺が寝るたび不安になってさ…ちゃんと起きるのか、心配しっぱなしで……あんな薄情なやつでもそうなんだぜ。お前のお袋さんみたいな優しい人がお前の事を知ったら、きっと随分と悲しむだろうよ」
「……」
「気にするなって言ったって無理だろうけどさ…ただ俺は、もうちょっとお前が幸せになってもいいと、思うんだ」
「…俺は、別に自分が不幸だとは思ってませんよ」
「俺から見れば、お前はちっとも幸せに見えないんだけどな…お前の瞳は、いつも少し悲しそうな、淋しそうな色をしている」
 そう言って、幽助の真っ直ぐな目が自分を捉える。
「お前はもう少し何かを望むべきだ――お袋さんの幸せのためではなく、お前の幸せのための、何かを」
 きっぱりとと言い切る、言葉。
 お前は、強いね。
 自嘲めいた言葉を、胸の奥に浮かび上がらせる。
「俺はね…死んでるんですよ。間違った道を選んだせいで、こんな事になっちゃったけど……この体も、この命も、俺のものではないんですよ」
 だから、俺の望みはない…ありえないのだ。
 この生は、蔵馬の生ではなく、南野秀一の生。
 俺の望みは…行動は、秀一のそれ。
 何も俺のものではないのだ。
「俺だって、1度死んでる」
「でもそれは…」
「確かに、これは俺の体だ。お前とは違う…けどよ、間違った時を紡いでるのは、同じだ」
 間違った生を、生きている。
「仕方ねえじゃねえか。俺たちは、生きたいと思う…思わなきゃならない。自分のためだったり、他人のためだったりするけどさ……選べるなら、生を選ぶようになってるんだ。誰だって生きるためには他の何かを犠牲にしなきゃならない。今回はちょっと対象が少しだけ大きかっただけだ」
「少し、なんてものじゃないですよ……」
 少し、というには余りにも重い、それ。
「大差ねえよ。人が、肉を食べる時に罪悪感を持つか?収穫の時に躊躇うか?俺たちは、ただそこにいるだけで、いつも何かを奪ってるんだぜ?そいつは、死を感じなかった分マシだろうが」
 その言葉に重なって、飛影の言葉が脳裏に浮かぶ。
「同じ事を言うんですね…貴方達は」
「あん?」
「前に飛影にも似たような事を言われましたよ」
「誰だって言うだろよ。俺みたいなバカにも判る事だ」
 その言葉に。思わずくすり、と笑う。
 幽助が一瞬訝しむ顔になり、そしてああ、とつられて笑う。
「頭が良過ぎる分、見えなくなる事もあるんだろうよ」
 そうなのかもしれない。
「なあ、もっと気楽に生きようぜ。所詮、何も悪い事をせずに生きるなんて、おっそろしく高い理想なんだから、さ。お前は生きたかっただけだろ?なら、何も考えずに生きてればいいじゃねえか。言ったろ?前だけ見てろって」
「幽助は、悪い事をしすぎですけどね。そのうち何か悪い事が起きるんじゃないですか?」
「言ったなー。ったく、復活させるんじゃなかったかな…毒舌まで復活させちまった」
 おどけたような口調。
 くすくす、くすくす。
 重苦しい空気は、消えていた。
 ふと、窓の外を見ると、見知った顔があった。
「あ、桑原君じゃないですか?あれ」
「本当だ…って、雪菜と一緒じゃねーか…」
「そういえば幽助は桑原にふられたんでしたっけ」
「そーだよ…ったく、勉強とかぬかしやがって、こんなとこでデートしてやがるとは」
「まあいいじゃないですか。クリスマスくらい二人っきりにしてあげても」
「でも何か腹立つ…ちきしょー、クリスマスなんか嫌いになってやる!」
「俺はクリスマスに感謝しますけどね。おかげで胸のつっかえが取れましたよ」
「桑原がサンタってか?何か理不尽だぞ、それ……」
「幽助には蛍子ちゃんがいるじゃないですか。何かくれるんじゃないですか?」
「プレゼントは何故か昔から俺があげるだけなんだよな……」
「蛍子ちゃん、愛されてますねえ……」
「うー…やっぱりおかしいぞ…」
 くすり、と笑う。
「あ、雪…」
「い?傘持ってねーぞ?」
「どうしてそこでロマンティックだとかいう言葉が出ないんだろう…」
 窓の外では、白い雪たちがまるでこの日に降りて来れた事を喜ぶように、踊っていた。
 その向こうで、可愛らしいカップルが通りの向こうに消えて行こうとしていた。


  メリークリスマス!
 全ての者に、祝福を。


 聖夜。
 それは。
 神のくれた、祝福。
 許しの証。