dark ruler
-typeB-

闇と。
静寂と。
そして……。
一人の青年と。

薄闇に覆われた、時の無い空間。
彼の他には何も無い、その部屋。
彼は。ただ、そこにいる。
そこで、ただ俺を待って、時を過ごしている。
虚空、そう表現するのが相応しいようなその場所で。

キィ、と微かに音を立てて。
扉を開ける。
聞こえるか聞こえないかの、僅かなその音すら、この部屋ではやけに大きく響く。
部屋の中に足を踏み入れると、青年が薄く笑みを浮かべて、迎えた。
「来たか」
その言葉で。
夜が、始まる。
長い長い、夜が。
「脱げ」
その言葉に従い、ハラリ、と脱ぎ捨てる。
もう、何度も繰り返されてきた事だ。

彼とのそれが始まったのは、いつからであったか。
すでにそれは記憶に留められてはいない。
気の遠くなるような永い時の間。それは続けられて来たのだった。

彼との時間に対して。
もう何も感じてはいない。
長い時の中に、全て溶け込んでしまった。
嫌悪も、苦痛も、屈辱も……全て。

「ふん……」
青年がつまらなさそうに、声を洩らす。
「人形のようだな、まるで。反応がなければつまらんぞ?」
「ならば、捨てたらいいでしょう」
ポツリ、と呟く。
解放を願っての言葉では無かった。
言ったところで意味を為さぬのは知っている。
ただ、青年の言葉に思った事が口をついて出ただけだった。
「ほう?たまに口を開いたかと思えば、面白い事を言う……立場が判っていないとも思えんが?」
「もちろん、判っていますよ。けれど真理でしょう。玩具は持ち主に飽きられたら捨てられるが定め…役に立たぬ玩具を大事にする貴方の方がよほど面…うっ!」
意味を持たぬ言葉を、淡々と紡ぐ。
けれど最後まで紡がれる事無く、呻き声に取って代わられた。
痛みに地に伏すのを、青年が今しがた振るった鞭を手に、見下ろす。
「ふん……」
青年が、呟きを洩らす。
「怒ると思ったか?そうして、俺がお前を捨てるとでも?」
そう言い放つ青年の瞳には、愉しげな光が宿っていた。
「役に立たぬ、と言ったな?立たせてやるさ、こうしてな」
青年の言葉が終わらぬうちに、傷口に強い衝撃を感じた。
「ぐ…あぁ!」
堪らず、声が洩れる。
「いい声だ……」
大きく肩で息をするのを、青年が愉しげに見つめる。
「やはりお前は最高の玩具だよ。捨てたりはしないさ。好きなんだよ、お前みたいに強くて美しいのは、な」
言い放ち、青年がくつくつと嗤う。
そして、さらに痛みが身体を襲った。
「あ・・・あああ!」
視界が、朱に染まる。
「ほら」
青年の嘲笑が、闇に響く。
「ちゃんと役に立つじゃないか。お前は充分に俺を愉しませるよ」
心底楽しげな、青年の言葉。
「壊れるか?本当に使いものにならなくなったら、捨ててやってもいいぞ?だが、お前は放さん…壊れる事も、狂う事も、させはしない」
その双眸を、冷たく輝かせて。
青年が、告げる。

痛みに朦朧としながらも、ぎり、と青年を睨みつける。
けれど、返す青年の瞳は愉しげに輝くばかり。


この夜は、終らないのだろう。
青年はきっと、俺を放しはしないだろうから。
この薄暗い部屋に捕われて。
あとは死を待つばかり。

この心を苛む全ては。
長い時に溶け込んだ。
ならば。
この身体を蝕む痛みもまた、闇に溶け込むのだろうか。

長い長い夜。
暗い暗い部屋。
繰り返される夜。
繰り返される営み。

記憶の淵を覗き込むと。
必ず銀の影がある。
夜を覆う闇と対照的なその光の影。
けれど闇よりなお暗く輝いて。

ノイズが。
頭の中でザワザワと。
消えてしまえばいいのに。
全て全て全て。

ズルリ、と身体が崩れ落ちる。
そして、それより深く、意識が落ちて行く。

消えてしまえばいいのに。
この痛みも。
冷たい銀の影も。
長い夜も。
この記憶も。

ズルリ、と。
倒れ込む。
そして――
夜が、終る。
それは、解放。


けれど。
夜は、また来るのだ。

絶望の淵に、身を沈めて。
昏い闇に、堕ちて行く。

BAD END.