静夜夢月

CHAPTER1 闇ノ彩―ヤミノイロ―





紫紺の空に紅き月
                禍禍しいその光

  あれは
           月の涙か
                     月の悲しみか

月のその冷たき光

              慈悲など知らぬげな

   ただ見るものに不安を与えて

                       恐怖を与えて

だからだ
  こんなにも胸が騒ぐのは
    こんなにも胸が痛むのは


    月の冷たさは
                 全てを凍てつかせる

そうして

  月の哀しみは何であるか

     全てを凍てつかせ

       全てを閉じ込めて

  判らなくなるのだ


恐怖も不安も憂いも
               全てはその紅に解け込んで――

 そうして
        何も見えなくなるのだ
                       何も判らなくなるのだ

全てをその紅は消し去って――

     ただ 静寂だけがそこに残る






空虚な空を。
ただ、見つめていた。
何も感慨があったわけではない。
ただ、他にする事が無かっただけだ。
「どうしたの?飛影」
問いかけに、振り返る事もせず、ただ低く呟いた。
「別に……」
応えに、蔵馬がそう、とだけ呟く。
静かな…静かな、夜だった。
木の葉の葉擦れ一つ、聞こえはしない。
「月、綺麗だね」
「血のような色だ、気にくわん」
「俺は…好きだよ。飛影の瞳と、同じ色だ」
そう言って、蔵馬が俺にくちづける。
「放せ」
言葉に、蔵馬が傷ついた色を瞳に載せる。
うっとおしい、そう思った。
何故か、蔵馬の行動一つ一つが。癪に障る。
「飛影…」
物言いたげなその瞳を。だからねめつける。
「帰る」
「何処に?」
「魔界に決ってる」
「どうして?」
「答える義務は無い」
蔵馬の瞳が、悲しげな色に染まる。
ほら。
早く帰らねば。
早く離れなければ。
捕らわれる――紅き闇に。
闇の向こうに何があるかは知らないけれど。
ただ、本能にも似た感覚で、ただ逃げようと考える。
「飛影……」
蔵馬の腕に抱きすくめられ、頭上から降ってくる声が、耳に届く。
「お願いですから…」
ここに居て下さい。
蔵馬の、囁くような、僅かに震えた声。
そんな弱い声では。俺は繋ぎとめれないのにな。
それでもお前は言葉を紡ぐ。
捕えるだけの力もないくせに。
『お願い』だなんてそんな甘い言葉で。
俺を繋ぎとめようとする。
だから苛立つ。
だから癇に障る。
だから…逃げるのだ。
俺が逃げるのではない。
お前が逃げさせるのだ。
腕を振り払い、闇に身を躍らせる。
あとに静寂ばかりを残して。
「飛影……」
苦しげなその呟きすらも、闇はその中に呑み込み、消し去った。



飛影の消えた窓を睨みつける。その向こうにあるは闇ばかり。
腕にそっと視線を這わせる。
先程まで飛影の熱を感じていたそれ。
もう、欠片もその熱は残ってはいない。
窓から入り込んでくる風に全て奪われてしまった。
拳を、ギュッと握る。

どうすればお前を留めれる?
どうすればお前を繋ぎとめる事が出来る?

束縛を嫌うお前
けれど俺はずっとお前と共に在りたい
だからお前は逃げる
だから余計に俺はお前を閉じ込めたくなる
出口の見えないそのループ

問いに、答えは出なくて。
だから。
窓の向こうの闇を睨みつけて。
ただ、闇の中立ち尽くして、いる。





お前はそこに在るか
                  俺はそこに在るか

     お前は俺に何を望む
                       俺はお前に何を期待している

  何もそこには無く
                  あるのは嘘と偽と虚と――

       お前は一体
                    俺は一体

ただ
          闇の中
                      互いの映る瞳だけが真実





CHAPTER2 想イ





闇を見つめてただ一人
  ヤミヲ ミツメテ タダヒトリ
                       闇を思ってただ一人
                         ヤミヲ オモッテ タダヒトリ
  お前は一体何処にいる
    オマエハ イッタイ ドコニイル
                         俺は一体何処にいる
                           オレハ イッタイ ドコニイル
     そこは
       ソコハ
                ここは
                  ココハ
                           何処であるか……
                             ドコデアルカ……
静かなる大地
  シズカナル ダイチ
                  荒涼とした大地
                    コウリョウトシタ ダイチ
   朱の匂い
     アケノ ニオイ
                   緋の風
                     ヒノ カゼ
      夢幻の
        ユメマボロシノ
                     現世の
                       ウツシヨノ
闇星遥か
  ヤミホシ ハルカ
                その時の地よ
                  ソノ トキノ チヨ





飛影……
そっと、その名を風に載せる
イトシイヒト いとしいひと 愛しい人
お願いですから
俺を認めて下さい
俺を拒まないで下さい
ただ 共に在れる事だけが望み


「蔵馬?」
自分の名を呼ぶ、愛しい人の顔を見つめる。
ずっと見ていた事に対する、訝しげな響きがそこには宿っていた。
「何?」
安心させるようにして、微笑みつつ、答える。
「心ここに在らずといった体だな。何を考えている?」
その言葉に、ふ、と微笑む。
「俺が、貴方といる時に貴方以外の事を考えてる訳が無いでしょう?」
「ふん…」
「あ、信用してませんね」
「当たり前だ。狐の言葉など」
「う〜ん…天邪鬼なヒトの言葉よりは、真実味があると思うんですけどねえ」
「五月蝿い」
クスクスと、笑う。
飛影の表情には、明らかに不快が混じっていた。
「寝る!」
憮然とした表情でそう言うと、飛影が俺のベッドに入り込む。
どうも、俺の物と自分の物の区別はついていないらしい。
ほんの少し意地悪な気持ちになって、囁く。
「何、誘ってくれてるの?」
「何をバカな」
「ベッドはこれ一つなんだけどね……肌の触れ合った状態で、俺が我慢できるとでも思ってるの?」
そっとその衣服の上に、手を這わせる。
「やめろ!この年中発情男が」
「う〜ん…原因が年中目の前にあるわけだからねえ…」
 動かす手の刺激と合わさって、飛影の顔に朱が走る。
「どうしたの?顔が赤いよ…そろそろ堪らなくなった?」
「ふざ…」
抗議の声は最後まで言われる事なく、僅かに高い意味を持たぬ単なる音に取って代わられた。
「ほら…こんなになっちゃって、今更やめるも無いでしょう?」
飛影のそれに手をあてて、言う。
「っ〜〜〜」
その表情を肯定と見なして。服を脱がせ、いつもの営みを始める。
闇に浮かぶその体を抱きしめて。
「飛影…飛影……」
永遠に共に在りたい、その想いを伝えたくて。
うなされたように、ただ飛影の言葉を繰り返す。
このまま、共に…
その先に何を望んだか。
飛影の中に想いの凝縮されたそれを放つと同時に、全ては回りの闇に溶け込み、判らなくなった。

一時の間を置いて。
先程共に果てた飛影に、そっと声をかける。
「飛影……」
寝ちゃったの?
意識を飛ばしたらしく、飛影は身じろぎもしなかった。
そっと嘆息し、その僅かに乱れた髪をすくってやる。
夢に捕われている想い人の寝顔を、じっと見つめる。
愛しい飛影……。
お前はここに居てくれる。
今は、これで充分。
言葉を交わし、枕を交わし……共に同じ物を見、聞いている。
それ以上何を望むというのか。
ふ、う……
白く濁った息を吐き出して。
そっと、身を起こす。
ふと、視界の端に入ったものに、何となく視線を向ける。
昏き空に浮かぶ、紅き月。

アア、オマエ。
オマエハイツモ ソコニアルネ。
イツモソコデ ミテイルネ。

紅き月を。
ただ、魅入られたように、見つめている。
その禍禍しい色。
けれど、恐ろしい程のその魅力。
月が、雲に隠れるまで。
ただじっと、瞳にその月を映して、いた。





貴方のそれは何処ですか
 アナタノ ソレハ ドコデスカ
                      俺のそれは何処ですか
                       オレノ ソレハ ドコデスカ
 貴方は何処に在りますか
  アナタハ ドコニ アリマスカ
                       俺は何処に在りますか
                        オレハ ドコニ アリマスカ

蝋燭の明かり持ち
 ロウソクノアカリモチ
                薄闇を払いて
                 ウスヤミヲハライテ
                               この闇に光を灯し
                                コノヤミニヒカリヲトモシ
  紅き闇に捕われて
   アカキヤミニトラワレテ
                    永遠を夢見る
                     エイエンヲユメミル
それは
 ソレハ
        刹那の瞬間に見る
         セツナノシュンカンニミル
                            幻
                             マボロシ





CHAPTER3 月天使





紫紺の空に浮かぶ月
  その禍禍しき赤き色
 あれは
   月の哀しみか
     月の喜びか

月は
 誘惑するように
 威嚇するように
   その妖しい光を放ちて

その怪しい光を見ていると
  ほら
 何も見えなくなる
  何も判らなくなる

恐怖も不安も憂いも
   全てをその光は呑み込んで――
      ただ 静寂だけがそこに残る





月光の精に優しく頬を撫でられて。
そっと、飛影が目を開ける。
目の前に在るは、薄闇の中、月の光を浴びて浮かぶ影。
月光の粒子が、その身を包み、淡く光っている。
慕うように。
守るように。
その、神秘的な美しさ。
彼は、アルテミスの写し身であったか。
それとも、女神の恩寵を受けし者であるか。
問いは声にはならず、ただ、海の中生まれし泡のように、浮かんでは消える。
あまりに彼は儚くて。
あまりに彼は美しくて。
声をかける事すらはばかれる、その存在。
それを飛影は、ただ、見守っていた。
一時の後に、光の粒子を纏って佇んでいた蔵馬が何かを感じてか、ゆっくりと振り返った。
スローモーションのように、ゆっくりと。
蔵馬の瞳が、ゆっくりと飛影の姿を映し出す。
それと重なって、蔵馬の顔が咲き始めた花のようにゆっくりと綻んでゆく。
手を触れること適わぬ神々しさは、親しみやすい雰囲気に変わって。
彼が、ヒトに戻る。
「飛影」
柔らかく耳障りのよい声で、彼が聞きなれた響きを音に載せる。
「どうしたの?」
別に…といつものごとく口にしようとしていた飛影は、けれど言葉にはできなかった。
魅了、されていたのかもしれない。
彼は、ただ吸い込まれる様に、先程の幻に捕われていた。
不思議そうに蔵馬が首を少し傾げ、困ったような笑みを浮かべる。
「こっちに来ない?月が綺麗だよ」
操られるように、飛影が従う。
ノロノロと、常にはない緩慢さで。
「ね、綺麗でしょう?」
飛影が、蔵馬の視線の先を辿る。
その先にあるのは、空に吊るされた赤き月。
その不気味な、光。
赤い月というものは、ヒトの心にある種の不安や恐怖といったものの種子を植え付ける。
ジッと見つめていると、それはたちまちのうちに、根を生やし、成長する。
だから、人は月を神秘的なものとしながらも、畏怖を抱く。
「知ってる?月には、魔力があるんだよ」
「魔力?」
飛影が僅かに掠れた声で反芻するのに、蔵馬がコクリと頷く。
「そう……月は、その妖しい光で、見る者を虜にする。
だから、ヒトは月を恐れながらも、惹かれずにはいられない。
月のもつ魔力ゆえに」
……月の光を浴びた者も、その魔力を持つのだろうか。
飛影が胸の内疑問を浮かべ、蔵馬を仰ぐ。
その身を包む光は先程より更に強く、煌煌しく輝いて、いた。
その光を見た時、飛影の琴線に何かが触れた。
ゾクリ。
体が…震えを感じる。
背の中心より、波紋のように広がって。
寒さによって、ではない。
畏れ。
あまりに……蔵馬が美しくて。
頭の上で、警鐘が鳴り響く。
キ・ケ・ン。
蔵馬を、包む光。
あまりにも、それが綺麗だから……
「帰る」
「え?」
僅かに掠れた声で、飛影がようようそれだけを告げた。
蔵馬が戸惑いの色を瞳に載せる。
が、飛影はそれには構わず、逃げるようにして窓の外に身を躍らせた。
「飛影!」
蔵馬の叫びが夜の闇に響く。
けれど飛影が振り返る事は、無かった。
月が。
妖しくその身を包む。
飛影は、僅かなそれにも耐えられないというようにして、闇にその身を溶け込ませた。


突然の飛影の行動に、半ば呆然とした体で、蔵馬は部屋に一人佇んでいた。
見えるはずもない飛影の姿を求めて窓の外を見やると、当然ながら在るは闇ばかり。
ホウ、と嘆息を洩らす。
見上げると、赤き月。
先程まで二人で見上げていた、それ。

知ってる?
月には魔力が宿ってるんだよ……

誰にではなく、リピート、する。
紅き月を。
ただ、魅入られたように、見つめて。
蔵馬は、月と、そしてそれと同じ色の瞳の影を思い。
ただ、月の下、佇んで、いた。





この闇に在りて
  求めるは貴方だけ
 この闇に在りて
   貴方だけが光

全てを巻き込んで。
 全てを飲み込んで。
  永久の闇へと。
   身を沈めて。

欲しいのは貴方。
  必要なのは貴方。
 そばに居て欲しいのは貴方。
  貴方だけを、求めてる。

全てを消し去って。
 全てを捨て去って。
  久遠の闇の中。
   貴方だけを感じていたい。





CHAPTER4 想イノ形





鳥の羽音が
猫の足音が
  聞こえる

月の光を受けて
 猫の目が妖しく光る
  金の双月が魔力を宿す
その魔力に捕えられて
 鳥は動きを止める

微かに羽音が闇に響く
 一時(いっとき)の後(のち)に
  闇に再び静寂が戻り
そうしてそこに残るは
 何事も無かったように手を舐める猫と
  黒く小さな影だけ――

月を見てはいけない
 月を思ってもいけない
  あれは聖女ではなく魔女であるのだから――





膝を抱いて。
体を丸めて。
ただ、自分の心臓の音を数えている。
目を開ければ月の光が目に入る。
だから。
深遠なる闇の中に身を置いて。
ただ、夜の過ぎるのを待っている。
小さく弱い子供のように……

思ってはいけない、あの緋色の影を。
思い出してはいけない、あの緑の双月を。
捕われないために。
捕われたら最後、堕ちてゆくだけ。
そうしてあとは、喰われるのを待つばかり。

自らを守るために。
ただ、長い長い……長すぎる夜を、ジッと過ごして、いる。

彼は知らない――気付いていない。
何故自分が恐怖を感じているのかを。
その正体を。
気付かぬままに、彼は時を過ごす。


 ――!――

「妖、気……?」
 決して無視できない存在のそばにそれを感じ、飛影が立ち上がる。
「蔵馬……!」
 走り出す…恐怖と不安を胸に。
 それは先程までのそれとは全く違う、心臓をわしづかみにされるような物だった。

「深夜の来客は、歓迎できるものではないよ…特にこんな月の夜はね」
 緑の双眸を妖しく光らせて。蔵馬が闇に向い、囁く。
「不遜な物言いだね。いいのは顔だけじゃないなんて、ますます好みだよ」
「お誉めいただきありがとう」
 コロコロと、闇の中で妖女が笑う。
「付き合ってもらうよ…久々に上物だ。何てあたしは運がいいんだろうね」
「生憎ともう心に決めてる人がいるんでね。付き合うつもりはないよ」
「おやまあ。でもあたしはお前が欲しいんだよ。無理にでも付き合ってもらうさ」
 にっと妖女が笑う。
「本当にあたしは運がいい…力も上等、顔も上等。どうしてこんなにいいのがまだ喰われずに残ってたんだろうね」
「簡単ですよ。単にオレの方が強かっただけですから」
 蔵馬の雰囲気がガラリと変わる。
 先程までの言葉遊びを楽しんでいたそれは、酷薄なそれに。
 自らの優位を信じるものに共通する笑みで、蔵馬が笑う。
「本当に、貴方は運が悪いね……よりにもよって、こんな日にオレを選ぶなんて」
 でもまあ、それも運命。
 ちろりと唇を舐めて、蔵馬が呟く。
「お前……?」
 妖女が、驚愕に目を見張る。
 それに蔵馬は、艶然と微笑んだ。
 シュッ!
 一瞬で。
 蔵馬が妖女を倒す。
「男旱なら娼館にでも行っておけばよかったのにね。本当、運がないよ」
 そうすれば枯れた花でも摘んでくれる人はいただろうに。
 辛辣に過ぎる言葉を呟いて、くすくすと笑う。
 そこへ馴染んだ気配が来た。
「おや」
 それは先程妖女に告げた、『心に決めてるひと』だった。
「心配してくれたわけ?」
 問うと飛影は慌てて顔をそらした。
「べ、別に。たまたま通りかかっただけだ」
 その言葉に、蔵馬がくすりと笑う。
「こっちに来たら?別に外にいる理由も無いでしょう?」
「あ…ああ」
 何となく釈然としない物を感じながら、飛影が窓の枠に手をかける。

 ドクン。

 一瞬感じた恐怖。
「?どうしたの?」
 蔵馬が訝しげに問う。
 何でもない、そう答えようとして顔をあげる。
 ゾクリ。
 蔵馬と目があった途端、感じる警鐘。
「どうしたのさ?」
 蔵馬がくすくすと笑う。
 それには何の翳りも見えない。
 不安を押し込め、部屋に入る。
 何故か…部屋に入ればもう出られない気が、した。
「何か飲む?」
「いや、別に……」
「そう」
 言って蔵馬が隣に座る。
 そして……
「っ!?」
 突然唇を奪われる。
「蔵馬!?」
 抗議の声を上げる。
 けれど、聞こえているのかいないのか、蔵馬の動きは止まらない。
「や、やめっ…」
「どうして?いつもやってる事でしょう?」
「やっ…」
 イヤダ!
 それは、恐怖。
 捕われてしまう。
 失ってしまう。
 自分が……
「飛影…好きだよ……」
 その言葉に。
 思考も何も、奪われそうになる。
 ただ、蔵馬の手が…熱い。
 いっそこのまま、身を任せてしまえば……

 止めるな、その手を。
 何も考えれぬよう、何も判らぬよう……

 蔵馬の手が、下へ下がり…

 ビクリ!

ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ
 奪ッテ奪ッテ奪ッテ奪ッテ奪ッテ
  放セ放セ放セ放セ放セ放セ放セ
   コノママコノママコノママコノママ……

「あ……」
 頭が。
 ザワザワする。
 ノイズが走って。
 クラクラする。
 思考が。
 意識が。
 脳から剥がれ落ち…自我が統制を失う。

 ヤ奪放コメッ放コテテ放コヤ奪放コメッ放コテテ放コ……

 意識が…混濁する。
 感じられるのは、蔵馬の熱だけ。

 月が、姿を隠す。
 暗闇の中で交わされる、口付け。
 雫が…頬を伝う。

 再び月の光が部屋に届く。
 それに照らされて雫が光る……
「飛影…!?」
 蔵馬が、驚いて声を出す。
「ゴ、ゴメン!」
 訳も判らず、涙が出る。
「謝るくらいなら、最初からするな!」
 何が悲しいのか…ただ、悲しい。
 月が、嘲笑うように、泣き顔を照らし出す。
「どうせお前は俺の事なんてどうでもいいんだろ!その気にさせといて…振り向いた途端に捨てる!そのつもりなんだろ!」
「飛影!?」
「どうせ…」
 目が…熱い。
「本当は俺なんか愛してはいないんだろ!」
 堰を切ったように叫ぶ!
 それは、抑えていたもの――無意識の内に。
 畏れが目隠しをしていた、それ。
「飛影!」
 蔵馬が腕を取る。
 ――叩かれる!
 ギュッと目を、閉じる。
 けれど変わりに降ってきたのは……
 優しい、口付け――
「くら、ま…?」
 その頬にあるのは…透明な、雫。
「俺は…そんなに信用がない?狐は人を騙すかも知れないけど…好きな人まで騙したりはしないよ」
 僅かに震えた…声。
「俺が貴方を捨てる?捨てられそうで怖いのは、俺の方だ!」
 悲痛気な、叫び声。
 それは、常の自信ありげな蔵馬では無かった。
「貴方が帰るたびに、もうこのまま来ないんじゃないかと不安で……不安で仕方がなくて……」
「蔵馬……」
「俺は…好きでもない人と寝たりはしないよ」
「蔵馬…!」
 抱きしめる…その震えた胸を。
 蔵馬が、唇を重ねる…熱くて激しい、口付け。
 それで全てが判った訳ではないけれど。
「俺は…蔵馬が好きだ。だから、怖い…蔵馬を失うのが、怖い。好きになって…それで蔵馬を失ったら…」
 それは、今まで隠していた、本心。
 決して見せるつもりのなかったそれ。
「ここにいるよ。絶対に、飛影を一人にはさせない。ずっと一緒にいるから…だから、安心して…ね?」
 その言葉を鵜呑みにしたわけではない。
 信じて傷つくのは、自分。
 ただ……蔵馬の瞳は綺麗で。
 少しだけ…ほんの少しだけは。
 信用してもいい気に、なったのだ。
「蔵馬…」
 側にいろよ?
 思いを受け取ってか、蔵馬が優しく微笑んだ。
 いつかはこの手から消えてしまうかもしれない。
 けれど、今だけは……
 俺だけの天使が優しく優しく、接吻の雨を降らせた。





紫紺の空に浮かぶ月

    その紅き色

 あれは
          ひとを惑わせる


弱き心で月を見てはいけない

    惑わされるから

  弱き心で月を思ってはいけない

      虜にされるから

もし月を見たいなら

     思いたいなら

   月を惑わすだけの

      虜にするだけの

           強い心で

     見るといい

     思うといい

月の紅き光

  永遠の処女たるアルテミスのその涙を

                    その哀しみを

     受けとめれるだけの心があるならば――