君に、罠を仕掛けよう。


移り気な蜜蜂を。

甘い罠で、捕らえよう――







「飛影」

そっと、声を掛ける。

飛影は聞こえているだろうに背を向けたままだった。

「つれないなぁ。焦がれていたのはオレだけだったのかな?」

と、飛影がゆっくりと振り向いた。

「…何の用だ」

「そりゃあ、もちろん」

にっこりと、微笑む。

「愛しい人の顔を見に来たんじゃないか」

告げると飛影はぷいっと顔を背けた。

「…戯言はいい」

「おや、随分だね。オレは凄く真面目に言ってるのに」

「また痴れ事を……」

その言葉に蔵馬の目がスッと細まる。

「…随分とオレは信用がないみたいだね」

「当たり前だ、狐の言葉など」

飛影の言葉に、ムッとする。

「じゃあ聞くけど」

つと、と飛影の目を見据えて、話す。

「オレが飛影に嘘をついて、何の得があるっていうのさ?

 わざわざ魔界まで会いに来て言う程の価値があるとでも思うの?」

飛影は、答えない。

そっと、溜息をついて見せる。

「ねえ、飛影…もうちょっとは信用してみてよ。

 こんなに貴方の事が好きだって訴えてるのにさ」

「ふん…言葉ではどうとでも言えるさ」

「そんなに…信用できない?

 貴方の耳は、嘘と真の区別もつけられないって言うの?」

飛影は答えず、ただ口元を歪ませる。

その皮肉気な笑みが物語っていた。

すなわち――

「そう…オレの愛情を疑うんだ。

 なら…証明してあげるよ」

言って、胸に指を突き刺した!

「…! 何を…」

答えず、飛影を真っ直ぐ見つめてにっと微笑む。

そして更に指を深く指し込んだ。

胸の奥にある、熱く波打つ物に向かって。

「…っ!」

それを掴み出し、引きぬく。

その瞬間だけは、流石に悲鳴が漏れそうになったけど。

ギリギリで飲み込み、微笑んだまま飛影にそれを差し出した。

「ほら…飛影を思ってこんなにも熱いじゃあないか」

それは、心臓。

命の証し。

「狂って、る……」

呆然と、飛影が呟く。

僅かに血の気を失った表情で。

くすり、と笑う。

「飛影がオレをいらないのなら…こんなもの、いるものか……」

この命と引き換えに貴方の心を手に入れれるのなら…

オレを刻み付けれるのなら、安いもの。

そのためなら、死の瞬間までも、微笑んでいてみせよう。

「…っ!」

喀血をし、崩れ落ちる。

地面がゆっくりと近付く。

視界の端には飛影……その蒼白な顔。

狂いもするさ…

だって貴方は……

視界が回る。

意識が混濁し、渦のように襲う。

ああ……

そっと息をついたのは、幻か。



「こんな…こんなものが…お前の言う愛情とやらか?」

蔵馬の差し出した心臓を見つめて、飛影が呟く。

判るものか。

お前の愛情など…こんなもので判るものか。

判るのは。

蔵馬が愚かだという事。

そして……

涙が頬を伝う。

俺もまた愚かだろうという事。

「こんな事…愛情などなくてもできるさ」

聞こえてはいないだろう相手に囁き、そして自らの胸に腕を突き刺した。

胸が…指が、そして喉が、途方もなく熱い。

そしてそれより更に熱い心臓を、取り出す。

「ほら…蔵馬、お前の事など思ってはいないが…

この心臓はお前のそれと同じように、こんなにも熱いじゃないか……」

囁き、差し伸べる。

受け取る事のない相手に向かって。

「バカだよ…お前は」

バカだよ…俺は。

こんな行為に、何の意味がある?

なあ、蔵馬……

ズルリ、と崩れ落ちる。

地に倒れ、目の前には蔵馬の顔。

「バカだよ…俺たちは」

言ったのは、幻か。

この口はもう言葉を紡ぎ出せそうになかったのだから。

蔵馬……

その先に言うべきは何であったか。

それは一陣の風に、攫われてしまった。



桜が散り注ぐ。

二つの愚かで不器用な魂の上に。

風が吹き、更に花びらを舞い散らせる。

枝が揺れ、サワサワと音が奏でられる。

それはまるで、鎮魂歌……


花びらが舞う。

視界を淡い桃色に染めて、舞い狂う。

まるで二人を覆い隠すかのように。


二人は桜の花びらに埋まるのだろうか。

そして桜の木の下に埋まるのだろうか。

儚い二人の想いごと木はその懐に抱いて。

更に美しく咲き誇る事だろう。


ああ……

桜が二人の上に、降り注ぐ。




  消えぬ想いを抱きて

       消せぬ想いを抱きて


    彼は幻であるか

   時の中に埋もれし

      その淡き想いよ

     ただ一欠けらの真実よ


泡沫の夢のように朧気で

    幻の如くに淡くて


  それは手を伸ばせば届くのだろう

      それは手を伸ばせば逃げるのだろう


     朝になれば消える夢

        夜になっても消えぬ夢


  嘘と真の境は何処にあるか

       虚と実の境は何処であるか

            正と狂の狭間は何処であるか


ただひたすらに手を伸ばし

 ただひたすらに背を背け

    ただひたすらに追い求め

      ただひたすらに逃げ続け


  永遠は何処にあるか

       真実は何処にあるか


     夢現の狭間で見た幻

          闇の中で見た真実

       それは幻か


想いの形はこんなにも鮮明で

    想いの形はこんなにも透明で

  想いの形はこんなにも複雑で

      想いの形はこんなにも単純で


ほら 花びらが散る

  悲しみを宿した花びらは

      ほら こんなにも美しい

          こんなにも儚かだ


    風に溶けた想いを

       桜は静かに慰める



願わくば

  来世では互いの糸がもつれぬよう……