君に、罠を仕掛けよう。


移り気な蜜蜂を。

甘い罠で、捕らえよう――







「飛影」

窓よりの侵入者に、弾んだ声で呼びかける。

歓迎の響きを載せて。

「久しぶりだね。今日はどうしたの?」

「別に。暇だったから来てやった」

「ふうん?

 ま、貴方が来てくれるなら気紛れでも何でも、

 俺は嬉しいからいいけどね」

「…引っ掛かりのある言い方をするな……」

「飛影が俺に会いたくて来てくれた方が嬉しいのに、って事」

「ふん」

可笑しげに、常の皮肉気な笑みを顔に載せて、

飛影が視線を投げかける。

「淋しかったのなら、誘ってみたらどうだ?

 土下座でもして頼み込まれれば、気が変わるかもしれんぞ?」

挑発気に飛影が言う。

その内容に思わず喉を震わせた。

「冗談」

「ふん、やはりお前の言う愛情とやらはその程度か。

 女のように男を受け入れる事は甘受できても、土下座する事は我慢できないとみえる」

勝ち誇ったような口調で飛影が言う。

それは欠片ほどの真実も含んではいないというのに。

その事がまた笑いを呼び起こそうとする。

本当に、飛影は何も判ってはいない。

だから……

オレは貴方を捕えなければならないのだ。

「我慢できないだって?馬鹿を言わないでよ。

 飛影が望むなら、土下座だって何だってしてやるさ。

 けどね、飛影、貴方はそれを望んではいないでしょう?」

「何を言ってる?俺はやってみろと言ったぞ?」

「確かにね。でも、本心じゃないでしょう?」

「望まない事を言うものか」

「媚びる人に興味はないくせに。

 それでもやって欲しいならやるけどね」

「…お前にはプライドはないのか?」

その言葉に。

とうとう堪え切れずに声を上げて笑ってしまった。

「くっ…くくくっ、く……」

「何がおかしい」

不機嫌に告げる飛影に、笑うのを止めてつと、とその目を見据える。

「プライドはあるに決ってるでしょ?

 貴方をこの体に繋ぎ止めれる事…それが俺の誇り。

 そのためなら俺はどれほど美しくもなれるし、誰よりも誇り高く咲き誇ってみせる」


この花が花開くのは誰のため?

  ――飛影のため。

この花が艶やかに咲き誇るのは誰のため?

  ――飛影のため。

移り気な蜜蜂を、この体に引き寄せ、捕えるための罠――

それは決して破滅に向かわせるものではなく、

けれど決して甘やかなものではない、魔性の鎖。

魅縛するのだ。

欲しいという想いは何よりも強い鎖となって、想い人を捕える。


「ねえ…飛影。

 オレは貴方のためなら何だってできる。

 命だって投げ出せるさ。

 けどオレは貴方が好きだから、願われて抱くような事はされたくないね」

「ふん……」

スッと飛影が近付き、髪の一房を掴んで引き寄せる。

「命を投げ出せると言ったな?

 お前がオレのために死ねるなら、その時はお前がオレを好きだという事を認めてやろう。

 どうだ?できまい」

あくまでもオレの言う事を信じてはくれない、予想どおりの反応。

できまい、だって?

薄く、嗤う。

できるに決ってるじゃないか。

「いいよ。

 そんな事が証明になるなら、やってあげるさ」

言って、胸に指を突き刺す。

「…!」

驚愕に目を見張る飛影に、にっと微笑む。

「言ったでしょう?何だってできる、ってね」

「お前…]

震えた声を、飛影が紡ぐ。

「死が怖くはないのか?」

その問いに、くすりと笑う。

「貴方を失う事より、怖い事なんてあるものか。

 でもね、オレはもう貴方を失わないだけじゃ満足できなってしまったんだ。

 この命と引き換えに貴方を手に入れれるなら安いもの……

 そのためなら死の瞬間までも笑っていてみせるよ」

そう言って更に指を深く指し込もうとする。

胸の奥にある、熱く波打つ物に向かって。

「…や…止めろ!!!」

飛影がオレの手首を掴み、引き出す。

引き抜かれた反動で、指先から鮮血が飛び散り、

オレの身体と飛影の身体を染めた。

その光景に、に、と笑う。

勝利を知ったものに共通の笑みで。

「どうしたの?やれと言ったのは、飛影だよ」

それは、切り札。

貴方を捕える迷宮の入り口。

「お前は…お前は、死すら甘受すると言うのか?

 俺が言っただけで……」

呆然と、飛影が呟く。

僅かに血の気を失った表情で。

「当然」

「馬鹿、な……」

「それは飛影でしょう?」

「何を…?」

「オレが好きで殺せないくせに、死ねと言ったりして。

 その結果が、これ」

「…っ!」

くすり、と笑う。

「まだ判らない?貴方はオレが好きなんじゃないの?

「馬鹿な」

「馬鹿?だとしたら何だって止めたのさ?

 好きじゃなかったら、そのまま見ていればいいだけの事」

「……」

「まだ認めない気?」

「俺は…別にお前を愛してなどいない」

「好きだって事と愛する事は違うよ」

「どっちでも構わん。どっちにしろ俺はお前の事など何とも思ってはいない」

「でも、ここに来てくれる」

「単なる気紛れだ」

「気紛れでどうでもいい人のところへ現れるような性格じゃないくせに」

「……」

 ほら。

 貴方が自分で答を見つけない限り、この迷宮に出口はない。

 どこに行っても行き止まりだ。

「ねえ、飛影。この身体は魅力的ではない?」

「男を誘うか…流石は狐だ」

「別に男を誘いたいわけじゃない。

 オレが誘いたいのは貴方だよ。

 それに、誘って欲しかったんじゃないの?」

チェック・メイト。

「貴方は光に引き寄せられる羽虫のようなもの……

 1度この蜜を味わえば、忘れられる訳がない」

「…そうだな…確かに俺はお前に魅せられているのかもしれん。

 それが呪術のせいだったとしても…お前は魅力的だよ」

勝った。

「当然。オレは飛影のためだけに誰よりも美しく、

 誰よりも魅力的に咲くのだから」

告げると飛影はオレの髪の一房を取り、恭しく口付けた。

それは、儀式。

ほら。

迷宮の出口は開かれた。

「蔵馬……オレは多分お前が好きだ」

「オレも飛影が好きだよ。多分じゃなく絶対に」

言うと、唇に口付けが降って来て、オレは満足気に目を閉じた。