真夜中の恋愛論

「恋って何だろね」
 ベッドの中で、傍らの飛影にそっと囁いてみた。
「何だ突然」
 飛影の怪訝そうな言葉に、うん、と微笑んでみる。
「貴方の事はこんなにも愛しいけれど」
 言って飛影の身体を抱き寄せる。
 驚く飛影に、オレはそっと口付けた。
「この感情が恋なのか、未だに判らないんだよ」
「何だ、そんな事か」
 つれない飛影の言葉に、おや、とその顔を覗き込むと、飛影はニ、と笑った。
「安心しろ、俺も判らん」
「全然安心できないんだけど?」
 くすくすと、笑う。
 ほら。こんな事がとても楽しい。こんなにも、幸せだ。
 理性が囁いている、これは恋だと。
 感情が囁いている、これは恋かと。
 別にそれはどちらでも構いはしない。
 ただ、この穏やかにして幸福な時が永遠に続けばと、思えるだけ。
「だが、一つだけ確かな事があるぞ」
「何?」
「この性悪で不可解な狐を、オレが何故か気に入ってるという事だ」
「酷い言われようだなあ」
 僅かに苦笑する。
「オレも…この口が悪くて天邪鬼なひとを、気に入ってるよ」
 言ってオレは飛影に顔を寄せた。
 飛影が瞳を閉じて、それに応える。
 オレはそっと唇を下ろしていった。
 首筋に…胸に…接吻の雨を降らせる。
 飛影の息が乱れていき、身体が、吐息が、熱を含んでいく。
 僅かに潤んだ瞳に誘われて。
 静かに気分は高揚していく――。

「そういえばお前、いつまで人間でいるつもりだ?」
「そうだなあ。人間も結構楽しいから、まだ当分は、ね」
「会社とやらが、そんなに楽しいか?」
「面白いよ。飛影もやってみる?気に入るかもよ」
 自分で言いながら、飛影のスーツ姿を想像してちょっと笑いかけてしまった。
 ふと気がついて、ああ、と続けた。
「でも飛影はオレの恋人だけで手一杯だったっけ」
 からかう様に言うと、案の定、飛影は憮然とした表情になった。
「何の話だ」
「もちろん、飛影の職業の話」
「それのどこが職業だ」
「あはは、ごめんごめん」
 謝りながら、自分でも謝っている風では無いなと自覚する。
「飛影はまだこういう冗談には慣れてないんだっけ。うーん、実に調教のしがいがあるなあ」
 うんうんと頷いていると、飛影に足を蹴られた。
「何言ってやがる、このバカ狐が」
「じゃあ、そのバカ狐を選んだ飛影もバカって事になるのかな?」
「〜〜〜」
 飛影がうめく。
 つくづくからかい甲斐がある。
「…ったく…こんな男を選んでしまっただなんて、一生の不覚だ」
「そう?オレに取っては飛影に選ばれた事は最上の幸せだったんだけど」
「黙れ、俺は激しく後悔しているところだ」
 本気で後悔していそうな飛影の言葉に、じゃあ、と聞いてみた。
「そんなに嫌なら、別れる?」
「お前、答が判ってて言ってるだろ?」
 憮然とした声で、飛影が応える。
「ま、ね。オレは飛影なしじゃ生きられない、飛影もオレなしじゃ生きられない、そうでしょ?」
「ふん…だが、今そうだからと言って、未来もそうだとは限るまい?その時はどうする?」
 挑発的な、飛影の問い。
「おっと。そうだなあ、オレを見ない飛影なんて見たくないし、その時は殺させてもらうかな」
「お前にそれができるのか?」
「できるよ、例えば今こうしていたって、ね」
「お前はオレを愛してると言ってなかったか?」
「愛してるよ、もちろん。愛してるからこそ殺すんじゃない」
「愛してるのに、か?」
 飛影が小首を傾げる。
「うん。恋に狂った者は怖いんだよ?サロメとかね」
「サロメ?」
「昔いた、王女だよ。サロメはヨハネという男に恋していた。だけど、享楽的なサロメに敬虔なクリスチャンだったヨハネは、決して振り向かなかった」
「馬鹿な男だ」
 鼻を鳴らす飛影に、苦笑する。
 けれど咎めはしない…昔の飛影ならともかく、今の飛影にとってそれは本心ではないだろう事が判っているから。
「じきに、ヨハネは捕まり、牢に入れられた、何も悪い事はしていなかったんだけどね。サロメは、ヨハネに助けてやろうかと言った。けれど、それもヨハネは拒んだんだ」
「助かるのにか」
「うん、愛してない女を愛するふりをして助かるなんて、絶対にできなかったんだよ。そしてサロメは王の前で舞を舞った、「何でも一つ願いをかなえてやる」と王に約束させて、ね。王は金でも銀でも、好きなだけ褒美にやる事ができたから、簡単に約束したんだ。けれど、サロメが所望したのは」
 ちらり、と飛影に視線をやる。
「ヨハネの首だったんだよ。王ははめられた事に気がついたが、何でも願いを叶えてやると約束してた以上、それを叶えないわけにはいかなかった。そしてサロメは愛しい人の首を手に入れたんだよ」
「独占欲か、くだらん」
「でも、恋とは切り離せないものだよ」
「だが、人魚姫は泡となって消えたんだろう?王子を殺せば助かったのに」
「愛の形は人それぞれだよ。愛してるからこそ殺せる、殺せない。愛してるからこそ命を捨てれる、捨てれない」
「ふん。お前は俺のためには命を捨てないんだろうな」
「とんでもない。飛影のためなら、何度でも死んで見せるさ。でも貴方、それだと都合が悪くない?」
「どういう事だ?」
「だって貴方、オレが死んだら哀しむでしょ?」
「自惚れるな。せいせいしたと笑ってやるさ」
「へえ。じゃあオレは心おきなく死んで、あの世で飛影が本当に泣かないか、見守る事にしようかな」
「だれが泣くか、誰が」
「さあ?三つ目の天邪鬼な人辺りじゃない?」
「もういい、寝ろさっさと」
 言ってさっさと布団にもぐりこんでしまった飛影に、くすくすと笑う。
 ふと見上げると、窓の外には青い月。
 夜はつとめて穏やかに、更けていった……。