〜mine proof〜

その日。
オレは、久々に飛影とのデートを楽しんでいた。

飛影とオレが、恋人同士と呼び合える関係になったのは、そう遠くない昔の事。
けれど、ずっと昔から…そう、生まれた時からそうであったようにすら、思える。
オレ達がこうしている事は当然の事で・・・それは、出会った瞬間に・・・いや、生まれる前からそう成るべく決まっていたようにすら、思える。
だけど……
オレ達の関係は…世間的に見て、何て不自然なんだろう。
そっと気付かれないように、嘆息する。

この人がオレの恋人ですと紹介する事も、できない。
祝福される事も、ひやかされたりする事すら、なく……ただ二人っきりの秘密を、増やしていく。
こうして、たまのデートの時ですら。
堂々とキスをする事すらできないなんて……
尤も、これに関しては、飛影の性格上、例えオレが女だったとしても、無理な気もするが。
思って、一人苦笑する。

女、か……
別に女になりたい訳ではない。
時々女に間違われる容姿は、コンプレックスですらある。
ただ……

何て運命とは残酷で…不条理なんだろう。
貴方が男として生まれたのは、2分の1の確立。
オレが男として生まれたのも、2分の1の確立。
ただ一人、運命の相手と決めた人が同性であったのは…ただ2分の1の確立によるものなのだ。
それを大きいと見るか小さいと見るかは人によって違うだろうけど……その気まぐれの如き結果によって、片や祝福され、片や否定され……
惹かれた想いは同じものであるのに……

いや、考えるのはよそう。
考えても詮無き事だし、それに……
いつの間にやら少し距離の開いてしまっていた飛影にトトッと駆け寄り、その手を握る。
オレはこうして飛影といられる。
それで充分ではないか。
たまの逢瀬を、考え事で無駄にするなど勿体無いし、失礼だ。
怪訝そうな飛影に、だからにっこりと微笑む。
飛影は興味を失ったように視線を戻すと、また歩き出した。

風が草花を撫で、花は恥ずかしげに身体を揺らす。
のびをしている猫の向こうで、犬が大儀そうにパタ、パタ、と尻尾を振っている。
穏やかな、小春日和の午後――
こんな日が訪れる事があるなど、思っても見なかった。
隣を歩く少年は、余計にだろう。
思わず、クスクスと笑みが洩れた。
「…何だ?」
「いえ…誰かを愛するのは…ううん、貴方を愛せて、幸せだな、と……」
「…フン」
興味なさげに、飛影が流す。
その横顔を見て、心の中呟いた。
本当に、オレは幸せだよ…貴方に会えて…貴方を愛せて。
例えそれが苦しみを伴うものだったとしても……

「隆ーーー!」
女性の弾んだ声がし、何とはなしにそちらへ顔を向けようとした時。
パン、と腕がぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
女性が過ぎしなに謝るのに、こちらも短く謝る。
何となくその姿を追っていた目に、女性の左手に誇らしげに輝く銀の指輪が、入った。
指輪は薬指にある事で、その意味を如実に語っていた。
つまりはエンゲージリング―誓の証―……。
胸が、微かに痛む。
ねえ、聞いて?オレもその指輪が……
思うまいとしていた想いが、胸に緩く広がる。
知らず知らずのうちに、ギュ、と。
飛影の手を、強く握って、いた――。
「どうした?」
「いえ、何でも……」
そう、本当は何でもない事なのだ。
指輪など本当に必要なものでもないし、それをもらえないからと言って哀しむ事もないはずだ。
なのに胸が痛いのは、何故だろう?



記憶が呼んでる 心が泣いてる
心の扉は 今開かれた

calling..
魂が 呼んでいる
calling..
貴方を 呼んでいる
calling..
思う心を 止められはしない

嘆きの泉に 身を投じ
天使は羽を 失った

calling..
誰か温めて
calling..
貴方が温めて
calling..
心が凍ってしまう前に




「蔵馬、どうした?今日のお前は変だぞ?」
そう、どうかしている、オレは。
オレの部屋に戻ってからも塞ぎ込んでるオレに、飛影が尋ねる。
それにオレはポツリと呟いた。
「ペアリングって、いいよね………」
だからどうしたというのだろう?
貰ったとしても、はめる事はできないというのに。
俯き、唇をかみしめる。
と、飛影がベッドから立ち上がった気配がした。
「飛影…?」
「また来る」
飛影は短く言い捨て、引き止める間も無く窓より去ってしまった。
気を悪くしてしまったのだろうか。
不安に思うが、問うべき相手は答ごと闇の向こう。
ジワリ、と。
窓の外を見つめる目に、雫が滲み…溢れ落ちた。



どうかこの不安を消してください
どうかこの想いを受けとめてください
飛影……
愛する程に幸せが遠ざかる
想う程に貴方が遠ざかる
それでも貴方を思う心を止められはしないから……
そばにいても遠く感じられる距離を
抱かれていても拭えない切なさを
どうか消し去って……
本当に欲しいものは貴方の心でしかないはずなのに




「飛影?」
今夜も窓より現れた黒衣の思い人に、驚いて声をかける。
「来て、くれたんだ……」
数日前の事を思い、来てくれないのではないかと思い悩んでいただけに、嬉しさを隠せない。
「蔵馬、手を出してみろ」
「え?」
訝しみつつも、言われた通りに手を差し出す。
と…飛影は、おもむろに銀の指輪を取りだし、指にはめてくれた…それも左手の中指、に。
「…っ!これ……」
「欲しかったんだろう?」
言って、ニ、と笑む飛影の指にも、揃いの銀の指輪。
嬉しかった。
貰った指輪がではなく、飛影が指輪をくれた事が。
一生オレがペアリングをはめる事はないと思っていた。
飛影以外の誰かを愛する事があるなんて、思ってもみなかったし…そしてそうである以上、ペアリングなんて縁のないものだと、思っていたのだった。
それが……
くれた……
「ありがとう、飛影……」
その気持ちだけで、充分。
オレは愛されているのだと、オレ達は本当に互いのたった一人の人なのだと、そう思えるから。
だから。
「嬉しいけど……」
「蔵馬」
普段これを嵌めている事はできないと、断ろうとした言葉は、飛影によって妨げられた。
「俺と二人っきりでいる時だけ、これを嵌めていろ。俺だけのお前を、他人になど見せてやるものか」
「あ……」
涙が、溢れてきた。
「飛影……」
その胸に、顔を埋める。
判って、いるのだ。飛影は全て判ってくれていて…そうしてオレの望む事を、してくれる。
想いを疑った自分が、恥ずかしかった。
未来を憂いていた自分が、恥ずかしかった。
自分はこんなにも幸せであったのに……
「蔵馬……」
飛影が言って、顔を寄せて来る。
オレはそっと目を瞑り、それに答えた。
その間も、涙は止まらなかった。
冷たく輝く銀の指輪は…どことなし暖かく感じられた。



「なんだ、それは」
銀の指輪を指で弄ぶ飛影に、躯は尋ねてみた。
「誓の証、さ」
「ほう?相手はあの狐か?」
「さあな」
言って、ニ、と笑むのが、飛影の答。
くくっと躯が喉を鳴らす。
闘いしか知らなかったこいつにも、そういう相手がいたとは。
「パトロール中ははめるなよ?気を取られてミスをしてもつまらんだろ?」
「雑魚になど、勿体無くて見せてなどやるものか」
そう。勿体なさすぎて、見せてやる気になど、ならんさ。
誓は、二人の物。互いのものである自分を見せるのは、互いだけで充分だ
答えると、躯はまた笑った。
「正論だ」
躯の笑いを無視して、飛影は銀の指輪をくるくると回し続ける。
輪の中では、蔵馬の影が、幸せそうに微笑んで、いた……



end.