思いの欠片

オレは、酷く陰鬱な気持ちでいた。
あの、武術会の日から――幻海に負けた、あの日から。

「……」
縁側に座り込んだまま、目の前の闇を見るともなしにただ視線を向けていた。

幻海は…強かった、とても。
身体だけではない、心が、だ。
正義の味方を気取るつもりはない、と言いきった時のあの瞳……
気圧された。
ただ悪たろうとしていた自分が…あの瞳に……

そっと目を伏せる。

オレは…どうあろうとしていたのだろう……

気付けば瞼の裏で幻海の影が結ばれていた。
これほどまでに人が気になるのは初めての事だった。
尤も、これは恋ではない。
惚れていたかもしれないと言いはしたが。
それはあくまでも、「かもしれない」であって、「惚れた」ではないのだ。
もし仮に真実幻海が若かったとして…戸愚呂がいる。

そこまで考えて、ハッと気付いた。
何を考えているんだ俺は……


「どうした、青少年!暗い顔をして」
 どこぞのおやじのような言葉に、死々若丸は思わず渋面になって振り返った。
「鈴木…何の用だ」
「お前が余りに暗い顔をしてるから、保護者として心配してやったに決っておろう。どうした、恋煩いか?」
 どげしゃ!
 死々若丸は無言で鈴木を足蹴にした。
 だが、素早く復活する鈴木。
「ふっ、どうやら当たりのようだな」
「きーさーまーはーーー!!!」
 死々若丸が剣を抜き、振り下ろす。それを鈴木は白羽取りの要領でギリギリで止めた…がだんだんに剣は顔に近付いて来る。
 だらだらと冷や汗が流れる。
「お、落ち付け、な?」
 強張った顔で、必死でなだめる鈴木に、死々若丸は軽く舌打ちすると、剣を収めた。
 ほーっと息をつく鈴木。
 汗を拭おうと手を顔にやると……
「ん?……どわあああっ!」
 手についた血を見て狼狽する鈴木を尻目に、スタスタと去ろうとする死々若丸を、鈴木が止める。
「待てえい!」
 言っても聞く訳はない。
 鈴木はコート内側に携帯していた注射器を2本ほど取り出すと、死々若丸に向かって投げ付けた。
 見事両足にヒットする。
 死々若丸は小さく叫ぶと倒れた。
「相当気がたってるようだな。ここはひとつ俺が元気付けてやろうじゃないか、ありがたく思え」
「いらんわ!」
「遠慮するなって♪」
 そう言って鈴木は麻酔で動けない死々若丸を軽がると抱えて歩き始めた……



「まったく、こんなとこまで勝手に連れてきやがって」
「構わんだろうが。ほら、じきに上がるぞ」
「何がだ?」
 と、死々若丸が顔をあげたところで。
 花火が、上がった。
「どうだ、綺麗だろう」
 自慢気に鈴木がいう。
 気に食わなかったが、肯定しない訳にはいかなかった。
 昔に見た花火より余程綺麗な、それ……
「恋煩いなどしてないで、あの花火のように盛大に散ってきたらどうだ?」
「勝手に話を作るな」
 慰めているようには到底聞こえない鈴木を、再び死々若丸が踏み付ける。
 まあ、懲りてないというか何というか。
「花火、か……」
 鈴木を無視して、花火に魅入る死々若丸。

 確かに、綺麗だな……
 あれは、一瞬の命ゆえの美しさだと、誰かが言っていた。
 花火は、地上に恋をしていたのだ。
 長い時の間、焦がれ続けて、そしてただ一瞬の命を、自分の存在を主張するために燃やして、美しく咲き誇る。
 あの力強さと美しさは、それ故。
 だから花火は、散る様すら美しいのだ。

 魅入られてるうちに、どこか幻海が重なって見えた。
 あの強さと美しさが、重なったのだろう。
 けれど、と思う。
 花火の美しさと、幻海の暗闇に凛として咲く月の花のような美しさとは、また違った美しさなのだ。
 どこが違うのだろうと、ふと思案に暮れて、そして気付いた。
 生き様の違いに、よるものだろう。
 花火はその恋に殉じたのだ。
 自分を主張するためだけに、散っていった、もの……
 幻海は、恋に溺れることは、しなかった。
 だから、花火のどことなし漂う儚さが、幻海にはないのだ。
 想いも何も呑み込んで、自らの意思を貫いた、女……

 惚れていたのかも、しれない。
 あくまでも「かもしれない」想いは、緩く自身のうちに、溶け込んだ。
「ああ、そうだな……」
 誰にではなく、呟く。
 思ってみても、いいかもしれない。
 憧れなのか、恋なのかは、知らないけれど。
 自らの意思を抱いて美しく咲き続ける、あの女を。
 追ってみるのも、いいだろう。

 一瞬の命が美しいと言うのなら。
 咲く事も散る事もなく、この胸に置く思いは、きっと美しくはない。
 美と離れた物などに興味はなかったが……
 長く思いつづけることで、美しく生まれる思いも、あるかもしれない。
 花火のように…蛍のように……

 悪だとか正義だとかに捕われず、自身の意思に殉じれる、あの強さを……

 今はただ、思っても、みたい。


「お?死々若?もう行くのか?」
 いつの間にやら復活していた鈴木を無視して、無言で去って行く死々若丸。
 その背に、一人鈴木はうんうんと頷いて呟いた。
「そうか、とうとう告白しに行くか」
「勝手に話を作るなと言ってるだろう!」
「照れるな照れるな」
「人の話を聞け!」
「惚れ薬ならいつでも作ってやるぞ。何なら媚薬でも……」
 言いかけて、鈴木は死々若丸の剣呑な妖気にハッと気付いた。
「す〜ず〜き〜〜〜」
「ま、待て……」
「五月蝿い!その口2度と物言えぬようにしてやる!!!」
 刀を持って死々若丸が襲い来るのに、鈴木は本気で身の危険を感じ、逃げ出した。
「じゅ、銃刀法違反だぞ死々若!」
「知るか!貴様こそいつも作ってる薬は違法ではないのか!?」
 …ギクリ。

 法律など無関係のはずの二人は、低レベルな言い合をしつつ一時以上も追いかけっこをして…結果特訓に遅れる事になり、蔵馬に強化メニューをありがたく戴く事に、なった……
 それを日常といえる恐ろしく非日常的な日々を過ごす二人の日々は……恐ろしく平和で、あった。

end