闇色の夢

何で。
飛影はオレに身体を許す?
好きなのだろうか、俺の事を。
闇色の時の中、幾度かその耳元で囁いた言葉。
彼は闇色の夢の中で俺を求める。
けれど――
信用してないのだ、彼は。
どれだけ強く好きだと囁いても。
どれだけ深く愛し合っても。
それでも、彼は。
決してオレの事を好きだとは言わない。
そしてまた、オレの気持ちを尋ねる事もない。
それはどう受けとめるべきなのか。
答えの出ぬまま、繰り返す。
毎夜の、泡沫の夢。
闇の中の問い。
それを。

闇色の時の中で。
オレは彼の小さな身体を抱く。
「飛影…好きだよ……」
夢の中、繰り返す声。
それは決して彼の心には届かないけれど。
それでも、声を紡ぐ。
偽も真も闇に溶け込んだその夢の中で。
そこには、何かあるのだろうか?


側にいて欲しい。
繋ぎとめていたい。

ここに、いる。
ここに、いて。

鎖よりも確かなもので。
貴方を縛り付けておきたい。

貴方しか見えない目が欲しい。
貴方の声しか聞こえない耳が欲しい。
貴方にしか聞こえない声が欲しい。
貴方しか触れられない体が欲しい。

貴方の目がオレしか見えないといい。
貴方の耳オレの声しか聞こえないといい。
貴方の声がオレにしか聞こえないといい。
貴方の体にオレしか触れれないといい。

貴方が欲しい。
例えそれが泡沫の夢でも、幻でも。
貴方の心が欲しい。
オレを愛してくれる貴方の想いが。
決してオレを不安にさせない貴方の心が、欲しい。



寒、い。
  震える体を。
寒、い。
  抱きしめて。
寒いんだ。

夜は。
貴方のいない夜は。
一人には広過ぎるこの部屋が。

部屋に差し込む月の光が…冷たい。

何故こんなにも寒いのか。
体が、心が、凍りつく。

助けてくれ。


窓の外を見やると。
月が。
冷たい光を放つ、月が。
いつもそこにあって。

飛影……

温めてくれ、どうか。
窓すら月の光が凍り付かせる前に。
この腕の中に飛び込んできてくれ。



「飛影?」
シャワーを浴びて部屋に戻ると、彼がいた。
「珍しいね、こんな早い時間に」
「…嫌か?」
「まさか。嬉しいんですよ?俺は」
にっこりと笑い、言う。
「夕飯、食べるでしょう?」
「…ああ」
突然の来訪の意味も、尋ねはしない。
彼は、何よりも束縛を嫌う。
言いたい事は自分から言うだろう。
それ以上を求めて嫌われたくはない。
「…蔵馬」
「ん?」
野菜を切りながら、答える。
「何故…俺を抱く?」
全くの不意打ちのようなその言葉に、手が滑る。
鮮血を指先から垂らしながら、けれどそれに構う余裕もなく振り向いた。
「なっ、急に何を言い出すんですか」
「俺の事をあまり聞かないのは…どうでもいいからか?」
僅かに視線を逸らして、飛影が声を紡ぎ出す。
「何を言ってるんですか…」
本気で言ってるのだろうか、彼は。
だとしたら随分とオレは信用がないらしい。
今に始まった事ではないけれど。
「好きだからに、決ってるでしょう?」
「好、き…?」
「何度も言ったと思うんですけどね…。好きでもない人と枕を交わせるような男じゃないですよ、俺は」
「じゃあ…」
飛影の表情から、彼の言いたい事は判った。
同時に、嬉しくなる。
どうやらオレは、少しは彼に愛されていたらしい。
「あのねえ…束縛する事と愛する事は違うんだよ?そりゃあ俺だって普段飛影が何してるのか、とかは気になるけどね。だからって、何でもかんでも、ってわけにもいかないでしょう?飛影が傷ついたり、困ったりっていうんなら別だけど、俺は飛影と一緒の時間だけでも充分だし。もちろん、飛影が話してくれるんなら、喜んで聞くけどね」
「そう…なのか?」
「そうなの」
言い切り、飛影の瞳を見つめる。
と、彼が視線を逸らした。
何となし、その顔が赤い。
「手当て、しなきゃ…その怪我」
話題を変えるようにして飛影が言うのに、ああ、と答える。
「飛影が変な事言うから」
ちょっとだけ意地悪な気持ちになって言うと、飛影が指を手に取り、そっと傷口を舐めた。
「…悪かったな」
小さく呟く飛影がとても愛おしくて。
そっと、顔を寄せた。
「くら…?」
飛影の問いを、自らの唇で塞ぎ込む。
「俺は飛影の事好きだから…こういう可愛い事されると欲しくなっちゃうよ」
わざとおどけたように言う。
「夕食は?」
「後」
くすり、と笑って答えた。
そして夢が、始まる。
いつもより早くに。

「飛影…」
そっと、名を呼ぶ。
優しくその身体に口付けると、ピクリと反応した。
「あ…」
少しだけ高くて頼りない飛影の声が、闇に響く。
「好きだよ、飛影…」
今まで幾度も繰り返した言葉を、紡ぐ。
光の中、交わす視線。

「あっ…」

−−−−−−−−−−

交錯。

少しだけ…飛影が以前より近くなった気が、した。



ふと、窓の外を見ると、銀の満月があった。
「綺麗な月だね」
言うと飛影は、珍しく素直に頷いた。
「寒くない?」
飛影がかぶりを振る。
愛しさにかられて口付けると、飛影がそっとそれに応えた。

いつもは、凍りつきそうな月の光が。
今は随分と…温かい。

飛影といるからだろうか。
そっと、腕の中の愛しい人を、見やる。

飛影がいるならば。
月も今はその光で傷つけはしないだろう。


視界の端で。
月が優しく微笑んだ気が、した。