寒い夜は貴方と

風が冷たくなって来た頃。
オレは幽助と、桑原君の家へと向かっていた。
「あれっ?」
公園の側を通った時、オレは覚えのある気配を感じて足を止めた。
「どうした?蔵馬」
「ちょっと用事を思い出して。悪いけど今日は…」
「そっか。じゃ、またな」
謝ると幽助は、案外すんなりと別れてくれた。
もしかしたら、幽助も「彼」の気配に気付いたのかもしれない。
こういった事に関してはそう感の良くない幽助が、それでも薄々とはオレと彼の関係に気付きかけているのを、オレは知っていた。
幽助の後姿が消えたのを見ると、オレは近くの木に登った。
「やっぱり飛影だ」
飛影は、風から庇うように小さな腕で身体を抱きしめながら、眠っていた。
良くこんなところで寝れるなあ、と感心する。
ツンツンと、その頬をつついてみる。
「ん…」
僅かにその瞼が動くが、飛影が起きた気配は無かった。
「こら、起きないと襲っちゃうぞ?」
囁いてみるが、飛影は一向に起きそうになかった。
やれやれ、と肩を竦めると、オレはヒョイっと飛影を抱き上げた。
強制拉致。
オレは、飛影を寒空から助けるという名目の元、それを実行したのだった。



「…?」
トンネルを抜けると、雪国だった…ではなくて。
目を開けたら、世界が変わっていた。
見覚えがあると、ボンヤリした頭で認識する。
下の方から、僅かな音といい匂いが漂って来る。
俺は無意識の内に、そこを目指していた。
トントンと響く、階段を降りる音。
向こうでそれ以上に規則正しく鳴り響く音と会わせて、だんだんに頭がハッキリして来る。
いい匂いが、もうそこら中に漂っていて、空腹を刺激する。
見ると、テーブルの上に食べ物が並んでいた。
そしてその向こうに、一つの影。
光で白く霞む世界にとけ込んでいるあれは……
「蔵馬……」
そう、一番…好きな男だ。
蔵馬は振り返ると、にっこりと笑った。
白く霞む世界が、そこだけ切り取られる。
「飛影。起きたんだ」
蔵馬は嬉しそうに、そう言った。
「座って。もうじき夕食の仕度が終るから」
促すと蔵馬は、また背を向けた。
野菜を切っているらしい。
さっきの規則正しい音は、包丁の音だったのかと、意識の遠くで思った。

蔵馬を待つ間、俺はただボンヤリと過ごしていた。
とても穏やかな世界だった…時間の流れすら感じられないような…静で遠い、世界。
包丁の音が、眠気を誘う。
時々聞こえて来る車の音ですら、この世界を壊しはしない。
俺はそのうち、起きているのか寝ているのかも、判らなくなった。
「飛影?寝てるの?」
唐突に世界は壊れた。
何事もなかったように、弾けた世界の上に、いつもの世界が帰ってくる。
「ああ、起きてた。ご飯できたよ」
俺はコクリと頷くと、食事を始めた。
この光景が日常になりつつあると、意識の端で思う。
こうして蔵馬と食事をしている姿に、昨日もそうだった、その前も、と過去の姿が重なり、その反対で、明日もこうして蔵馬と食事をするのだ、その次も、と未来の姿が重なる。
不思議な既視感……
ふと、蔵馬と視線が合う。
「どうした?」
「ん、別に。ただ、幸せだなあ、って」
「貴様の幸せってのは、随分と安いんだな」
「でも、最高級品だよ、オレに取って」
またこいつは……
思わず、俯く。
顔が赤くなっているかもしれないと思うと、顔を上げれない。
ちらり、と盗み見ると、蔵馬は変わらずニコニコと笑っていた。
どうにも居心地が悪くて、立ちあがる。
「あれ?もう食べないの?」
「…もういい」
オレはそれだけを呟くと、戸に向かって歩き出した。
「泊まっていってくれるよね?今日」
邪気の無い顔で聞かれて、頷く。
俺だって、わざわざ寒い所で寝たい訳では無いのだ。
蔵馬と寝るという事は、ある意味木の上で寝るより疲れる事にもなるのだけれど…それでもその時間が、嫌な訳ではなく、望んですらいる事を知っているから。
そんなを事を考えていた事を知ってか知らずか、蔵馬は悪戯っぽくにっこりと笑った。。
「一緒にお風呂入る?」
「バカっ!」
言い捨てて、俺は2階へと向かった。
背後から聞こえて来る、クスクスという笑い声。

まったくあいつは…
胸の内、一人ごちるが。
それでもあいつは温かいのだと…
           優しいのだと……
まるで春の陽のようなその暖かさを、頬に感じた気がして。
ああ、あいつはいつもキスをする前にそこに手を当てていたなと、
不思議な既視感に感覚を委ねて……
俺は頬に手を当てて、うっとりと目を閉じた。
その向こうで、既視感によるものでなく現実の音が…蔵馬の階段を上がってくる音が、聞こえてくる……。

夜が始まるのだと、
 あいつの与えてくれる暖かな夜が訪れるのだと、
            思って……
ひんやりとした空気に目を閉じたその向こうで、暖かな夜の足音は。
サンタクロースの足音のように、ひっそりと、息づいていた。


そして扉が開かれる。

それは夜の、始まり。
始まりの儀式に、蔵馬は。
恭しく、口付けた……

まるで、貴婦人に対する、紳士のように………

end