夏の花〜飛影〜

「飛影」
 いきなり声を掛けられて、飛影は不覚にもビクッと驚きを表に出してしまった。
「〜〜〜」
 顔に朱を走らせて、飛影が後を振り向く。
 その顔を見る前から、相手は判っていた。
 こんな事ができて…そしてしようと思うのは、一人しかいない。
「蔵馬っ、貴様また気配を消して……っ!」
「気付かないのが悪い」
 がなる飛影に、蔵馬がしれっと言う。
 飛影はますます怒りを覚えたが…到底敵う訳もない、必死で意識を切り替えた。
「…何の用だ」
「人攫い♪」
「ふざけるな!」
「もちろん、ふざけてなんかいないさ。本気だよ?」
「とにかく俺はいかんぞ」
「まあまあ。もう躯には置き手紙を残してきたから、さ」
 ピクリ。
 飛影が、蔵馬のセリフに反応する。
 躯に置き手紙だと…?
 何となく、飛影は嫌な予感を覚えた。
「という訳でレッツゴー♪」
「何がという訳でだ〜〜〜!!!」
 飛影が叫ぶ…が、時すでに遅し。
 飛影の身体は御丁寧にもツタでぐるぐる巻きにされ、蔵馬に抱えられていたのである。
「貴様!放せ、放せ〜〜〜!!!」
「まあまあ」
 楽しげに言う蔵馬と、顔を真っ赤にして喚く飛影を、呑み込んで。
 魔界の森は、常には見られぬ平和な体(てい)を、様していた……

「…こんな所に何の用だ」
 強制的に連れてこられた場所は、病院の屋上だった。
 こんなところに用があるとも思えない。
 まったく、こいつは……
 いつも理由も言わずに、けれど気付けば俺を振り回してる。
 俺の事を、何だと思ってるのか。
 自らの不快の理由がそれである事に…ますます飛影は憮然とした表情に、なった。
「ここ自体に用はないよ。高いところなら何処でも良かったんだ」
「?」
「ほら、見て」
 言われて仕方なく蔵馬の示す方向を見た、その先で。
 綺麗な…花が、咲いた。
「たーまやー」
 蔵馬が、叫ぶ。
「何だ…これは」
 呆然と、呟く。空にはまだ花の名残が、その姿を留めていた。
「花火、だよ。夏の風物詩の一つ。尤も、ある地方では冬の湖畔でもやるそうだけどね」
 花火……
 そっと胸の内、呟く。
 初めて見る、それは。綺麗で、騒々しくて……
 それは確かに、火の花というのに相応しかった。
「綺麗でしょ?」
「…五月蝿いだけだ」
 言ってはみたものの、綺麗だというのは、認めざるを得なかった。
 騒々しい音を伴って、一瞬で咲き…そしてすぐに散ってしまう、花……
 この美しさは、その儚さのせいだろうか?
 蛍も、その短い生の中で、一生懸命命を燃やして、輝いている。
 蛍はその生の大半を土の中で過ごし…ようやく外に出た後は、僅か1週間前後の時を、ただ次代を紡ぐためだけに、費やす。
 あの光の美しさは…儚さは……そのせいなのだろうか。
 そしてこの花もあの蛍と同じように、一瞬の命だからこそ、全てをこの一瞬に掛けているのではあるまいか。
 蛍より更に短い生だから……
 だからこその美。だからこその儚さ。
 それを思った時…不意にゾクリと、身体の芯から震えが広がった。
 …蔵馬。
 そっと、隣で花火に魅せられている男の顔を、盗み見る。
 蔵馬は、綺麗だ。蛍より、花火より、ずっと。
 なら蔵馬も儚いのか?
 俺を置いて…彼岸へと行ってしまうのか?
 蔵馬は、何処にも行かないと、いつも言う。
 けれど…狐は嘘つきだ。
 約束など、次の瞬間にでも反古にしてしまうかも、しれないのだ。
 押し殺していた不安が…押し寄せて来る。
 ギュ、と。無意識の内に強く蔵馬の袖を掴んでいた。
 何処にも行くな、と…何処にも行かせない、と・・・強く・・・強く……
 それに気付くと蔵馬は、そっと飛影の手に自らのそれを重ね合わせ…事情は知らないだろうに、それでも安心させるような微笑みを、向けてきた。
 それに、何故か胸が痛くて。
 蔵馬の髪の一房を引っ張り…その胸に顔を埋めた。
「蔵馬…好きだ……」
 声は、花の艶やかに咲き誇る産声に、掻き消された。
「飛影…?今、何て……」
 心なし呆然としたような、蔵馬の声を無視して。
 蔵馬の胸の鼓動に、耳を澄ませて、いた。
 蔵馬の生の証に…少し安心する。
 顔が、熱い。顔が紅くなっているだろう事が、自分でも判る。
 だけど蔵馬は気付かないだろう。闇と火の花が、隠してくれているから。
 二人の視界の外で。花が、咲く。大輪の花が。
 艶やかに舞う、夏の娘達。
 視界が、音が、奪われて…世界が回る。
 感じられたのは。
 少しだけ切ない、夏花の薫りだけ……

end