傷付くために愛するのだろう

「飛影……?」
 無言で窓の外を見つめている飛影に、不安を覚える。
 飛影が無言なのはいつもの事だったけれど……今日の飛影は、雰囲気が…ピリピリしている。
「ねえ、飛影……」
 そっと腕を首に回す。
 そうでもしないと、飛影が今にもどこかへ行ってしまいそうで。
 小さなその身体……けれどオレは知っている。
 決して彼が華奢ではない事を、そして……男である、という事を。
「抱いて……飛影」
 貴方を感じたくて。
 オレを感じて欲しくて。
 少しでもいいから、この不安を拭って欲しかったから。
 だから…常には行為の最中ですら紡げぬ言葉が、スルリと口をついてでた。
「……?」
 少しの時が流れても、飛影は無言だった。
 疑問に思い、顔を上げる。
 いつもであれば、こちらが拒んだとしても構わずに抱くというのに。
「飛影……?」
 不安が…凝る。
 心が凍りつきそうで。ぎゅっと胸を抑えた。
「もう…オレに興味をなくしたの?」
 否定して欲しかったのか。
 蔵馬の震えた声にも、やっぱり飛影は何も応えなかった。
「飛影……」
 蔵馬は苦しげに顔を歪ませた。

「もう…オレに興味をなくしたの?」
 蔵馬の声が耳の中か細く反芻する。
 否定してやれば良かったのか、その言葉を。
「飛影……」
 蔵馬の苦しげな声が空気を伝わり、耳に届く。
 それを拒むように、飛影はぎゅっと堅く目を閉じた。
 …蔵馬。お前は俺の何だ。
 飛影が苦しげに胸の内問う。
「飛影…もうオレを抱くのも嫌?」
 そうではない…そうではないのだ。
 だが…だとしたら何だというのだ。
 答を探すように視線を彷徨わせると、蔵馬の怯にも似た瞳と目が合った。
 その目に引き寄せられたかのように、飛影が蔵馬に顔を寄せる。
 その先を期待して蔵馬は目を閉じた。
 けれど飛影は魅了眼の呪縛から解放されたかのように、ハッと気がつき顔を離した。
 蔵馬の顔が、強張る。
「そんなに…オレの事嫌い?」
 それは正しくはなかったのだけれど。
 飛影自身、自分の行動に戸惑っていたから、否定する余裕はなかった。
「抱けよ…嫌いじゃないなら、抱けよ!」
 蔵馬が、叫ぶ。その悲痛気な響き……
「好きなんだよ…飛影……」
 飛影は答えない…答えられない。
 それに蔵馬は唇を噛み締めると、唐突に飛影を床に押し倒した。
 驚愕に見開かれた瞳は、蔵馬の何かを決心したかのような強い瞳に捕えられた。
「抱かないなら、オレが抱いてやるよ」
「な……」
 乱暴に、蔵馬が飛影の衣服を剥ぎ取る。
 常とは違う荒荒しさが、何故か痛々しく感じられた。
「っ…!」
 蔵馬が飛影の体の中心を、口に含む。
 蔵馬は怒ったような光を瞳に載せていたが……その目からは涙が伝っていた。
 ……っ!
 飛影は目をギュッと閉じると、蔵馬の髪を掴み、引き寄せた。
「あっ……」
 蔵馬の口から洩れた小さな悲鳴が、飛影の唇に奪われた。
「抱くのは…俺の役目だ」
 言われて蔵馬は、フッと力が抜けて、飛影の腕に崩れ落ちた。
 飛影は蔵馬を受けとめると、蔵馬を下に降ろして蔵馬の上に被さった。
「飛影…ごめん……ごめんなさい、飛影……」
 何に謝るというのか。
 そんな必要も理由もないというのに。
「好きだよ…飛影……」
 蔵馬がまた囁く。
 好き…それの意味は一体何だろう?
 肌を重ねる事か。
 違うはずだ。
 甘い陶酔に浸る事か。
 それなら何と安易なものか。
 では、辛くなる事か。
 だとしたら何と哀しい事だろう。
 けれど…きっとそれが一番近いのだろう、少なくとも今の俺達にとっては。
 だから囁いてやる。
「俺も…お前の事が好きだよ」
 蔵馬の顔が綻ぶ。
 それが少し嬉しくて…そして何故か胸が痛んだ。

 何かが判った訳ではない。
 何かを諦めた訳でも、ない。
 ただ、蔵馬が泣くから……

 蔵馬が泣かなければ良かったのか。
 蔵馬が泣いたのが悪かったのか。
 判らない…判らないが……

 蔵馬。お前は辛いのか。
 そして俺も辛いのか。
 それは、俺を好きだからか。
 ならば俺もお前を好きなのか。

 蔵馬…お前は一体俺のなんだ。
 問う言葉に、答えは返らない。


 人はきっと、傷付くために人を愛するのだ。
 そして傷付くのが怖くて、傷付けるのが怖くて、人は愛から逃げるのだろう。

end