微かなるメロディ

プロローグ


お前を思う 千の夜の中
お前を思う 万の時の中

秋津島に日が昇る
地を染める朱
瞳の奥に飛び込み 吸い込まれ
視界をその色に染める
記憶ごと

サラサララ サララララ
シャァン  シャララ
サラサラサ

砂の流れるような
微かなる音が 耳をうつ

サラサラサ サラサラサ
シャァン シャララン
シャララララ

硝子の粉が奏でるような
何処となく物悲しい響きを持つその音色

シャァアン

粉が舞い散る
風に溶け込み
その光を吸って自ら輝く
その煌びやかな光

放たれた光は
硝子の粉の鋭利さそのままに
冷たく 鋭く 輝いて

切り裂く
映ったものを
その光に照らされたものを
世界を 記憶を 心を

シャア、アン

微かなるメロディ と共に
世界が光と共に風に溶ける




CHAPTER1 天使残像



それ、の奏でるメロディは。
儚く、繊細で。
まるで……。

お前のようじゃぁないか。

旋律を奏でる箱を見やり、そっと記憶の中の影に囁く。
夕方のテラスで。
逢魔が時、と言うのだろう、黄昏時の微かに朱を帯びた海が妖しい美しさで人を誘っていた。

古い、オルゴールだ。
懐古趣味の者の心を溶かすようなそのメロディは、不思議とこの空間に似つかわ しかった。
楽を好む趣味は無かったけれど、このオルゴールは気に入っていた。
それは、このオルゴールの元の持ち主を気に入ってるからでもあるだろう。

潮騒と重なり、溶け合い、不思議なメロディを奏でる。
何処となく懐かしい、その音色。
懐かしい、という感情は無縁のものではあったが、その雰囲気は心地よかった。
幻想的なその音色……

なあ、 まるで…お前のようじゃないか。

目の前の朱とはまた違った色の影を、思い浮かべて。
そっと、囁きを無声のまま、風に載せる。
朱――生命の色。
好きな色の、一つだ。
好きな色は3つ――黒と、白と、そして朱。
黒が好きなのは、闇が好きだから。昏いものには、ある種の美しさに連なるものがあった。それは、心というものの不可思議さの最たるものだろう。
白が好きなのは、それが純粋なものであるから。穢れを知らぬ、神聖なるその輝き。不快なものであると同時に、それを汚し踏みにじる事を思うと…とても惹かれるものでもあった。
そして、朱。それが好きなのは――生命の彩(いろ)であるから。その輝きは、他のどれよりも弱く、そして鮮明であった。

伏せた双眸のその先に。
朱の影が結ばれる。

なあ…お前のよ うだよ、まるで。

オルゴールの音にじっと聞き入って。
耳に届く音はいつのまにか、朱の影の主の声が遠く重なっていた。

黄昏時の海辺を。
微かなるメロディが静かに包みこむ。


それ、を見たのは、夏の終りであっ たか。
夏の喧騒から解放され、微かに憂愁を潮の香りに載せていた海辺の事。
まるでもう用済みだとばかりに人気のないそこに、珍しく影が一つあった。
何かを落としたのか、一生懸命に細い腕を岩の間に伸ばしていた。
よほど大事な ものであったのか、彼は近付いても全く気付かなかった。
「取ってやろうか」
「あ、いえ……」
突然かけられた声に驚きつつ彼が振返り、そして、視線の合ったその刹那――!
思いだし、くくっと喉をならす。
彼の瞳は。驚愕と、そして本能的な恐怖を宿し、凍りついていた。
「どうした?天使殿」
僅かに震えている腕を絡め取り、その耳元で囁く。
怯えた瞳が心地よかった。
「や…っ!」
反射的に彼はその羽を広げ、飛び立とうとした。
それに腕を伸ばし、その羽を撃つ。
一瞬の後に、天使は重力の枷に囚われ、地に堕ちた。
「つ、ぅ……」
朱をその身に纏い、天使がうめく。
ゾクゾクした。
予感に身が震える。
「お前は、私のものだ」
絶望を宿した瞳が。とても、心地よかった。

クツクツと、嗤う。
あの時の予感は的中した。
天使は、何処までも 魅力的だった。
俺を、愉しませる……。

笑みを洩らして。
楽しげな 回想に更ける。

世界を染める朱は、いつしか闇色に近くなっていた。

朱に染められた世界で。
微かなるメロディが遠慮がちに自らを主張し続けた。