月想花

「や…」
 草木も眠る丑三つ時、本来正常なる日時計にて動く者は夢の中にいるべき時間に、実に艶やかな喘ぎ声を洩らす者がいた。
 鮮やかな緋色の髪すら欲情を駆り立てるような、少女のごとき顔立ちの少年が一人と、今一人は月神の化身かと思わせるような、酷薄さすら見てとれる冷ややかな美しさを有する銀髪の青年である。
 どちらも至極端麗な顔立ちであり、そこまで整った顔立ちの2人の濡れ場というのは、圧巻である。
「んっ!」
 緋色の髪の少年が、快感に声を洩らす。
 銀髪の青年の丁寧な舌使いは、恐ろしく甘美なものであるらしい。銀髪の青年が緋色の髪の青年の身体を責め立てるごとに、その身体はまるで精巧なる楽器でもあるかのように、微妙に違う音を奏でる。
 青年の手が伸び、少年の秘部の周辺を、そろそろと弄(まさぐ)る。青年の手は秘部に近付き、離れ、決してそのものには触れようとはしない。その微妙な刺激に、少年の足がフルフルと震える。
「どうした?」
 青年の低い美声が、形の良いその唇からこぼれる。
「あ…」
 恥ずかしさにか、少年の顔が赤くなる。その仕草がとても可愛らしい。
「どうした、と聞いてる」
 意地悪く、青年が再び言葉を紡ぐ。
 返答に困る少年は、ただ視線を返すのみ。その表情に、青年は薄く嗤った。
「屈辱か?俺に抱かれるのは。だが、お前の選んだ事だ…そうだろう?」
 答えず、視線をそらす事で返答とする少年に、青年の目がスゥッと細まる。
「嫌か?ならば、そう、飛影と言ったか…あいつでも良いぞ?俺はどちらでも構わん…ただ、愉しめればいいのだからな」
「だっ…!」
 青年に告げられた言葉に、少年が即座に叫ぶ。それを見て青年は、愉しそうに嗤った。
「ならば、俺を愉しませる事だ…あいつに手を出して欲しくなければ、な」
 そう言って、青年が少年の首筋に舌を這わせる。嫌悪にか快感にか、少年の身体がビクリと震える。
[お前は、私のものだ…」
 青年が、その細い指先を軽く少年の腹部に当てて、ゆっくりと横になぞる。刺激に少年が身体を反らせる。
 クツクツと嗤い、青年が少年の濡れそぼつ秘部に手を当てた。硬直する少年を可笑しげに見つめながら、それを弄ぶ。
「あ…ああああっ!」
 すでに限界の近かったそれは、敢え無く液体を迸らせ、青年の顔にかかった。
「随分と、行儀の悪い…」
 何の感情も読み取れないような、淡々とした声だと言うのに、剣を感じて、少年が恐怖に身体を強張らせる。
「躾がなってないな。どうやら仕置きが必要らしい」
 青年の言葉と同時に、如何なる法則に則ってか、蔓状の植物が伸びてきて、少年の身体を捕らえる。瞬間、感じる痛み。刺が、刺さったのだ。
「っ!」
 少年が唇を噛み締める。
 と、痛みとは別の感覚に、戸惑いを覚える。
「あ…あ?」
 少年の身体が、熱を帯びる。傷みによるものでは無く、何か別の…強制的に与えられる熱に、少年が悶える。
 ズクン。
 疼く…少年の、秘部が。身体が、フルフルと震える。再び、液体を迸らせそうになった少年の秘部に蔓が絡み付き、それを遮る。
「や…あ」
 泣きそうな声で、少年が言う。けれど青年はそれには頓着せずに、少年の身体を抱きすくめ、そして少年の秘部に自らのそれを挿入した。
「ああっ!」
 青年が、激しく腰を動かす。少年の秘部は未だ蔓が開放してはいず…苦痛に声を上げる。
「苦しいか?」
 愉しげに青年が問う。
 ただ、嬲るためだけに。
「お…ねが…」
 青年は聞き入れず、直も激しく責め立てる。
「や、あっ!」
 少年が、正と狂の狭間で、意識を手放す。
 それを見て青年は一時の後にようやく少年を解放し、そして空に溶け込むかのように消えた。
 あとに残された少年は、今はただ眠るのみ。
 屈辱も苦痛も恐怖も…そしてそれと同じだけの、或いはそれ以上の快楽を闇は呑み込んで。
 静かに夜は更けて行く……。 


「くーらまっ!」
 呼びかけに、蔵馬と呼ばれた少年が振り返る。見知った顔とみえて、少年は相好を崩した。
「幽助ですか。久しぶりですね」
「おうよ。ったくお前と来たら、最近全然顔ださねーんだからよ」
「すみません…ちょっと最近忙しくて…他の方々は元気ですか?」
 一瞬、僅かに翳った蔵馬の表情には気付かずに、幽助は笑って言った。
「おう、元気も元気だぜ。で、今晩皆で飲む予定なんだが、お前も来ねーか?あんまり不義理をして忘れられても知らねーぞ?」
「すみません…当分、外出は無理だと…」
「あー?何、そんなに忙しいわけ?」
「ええ。行きたいのはやまやまなんですが…」
「んなの、どうでもいいじゃん。な、たまには息抜きも大事だって」
 強引な幽助の口調に、思わず蔵馬は微笑む。が、蔵馬には重要すぎる用事があるのだから、仕方が無かった。
「すみません、本当に、無理なんです」
「たー、強情な奴だなぁ…ま、しゃあねーか。んじゃ、また今度な」
 そういって、幽助がにっと笑う。つられて笑った蔵馬の表情を見て、幽助は何となく引っ掛かりを覚えた。
「あれ…何か、痩せた?お前」
 その言葉にドキッとするが、なるべく表には出さないようにして、蔵馬が答える。
「え、そうですか?」
「ああ。女じゃあるまいに、ダイエットかよ?」
「まさか。ちょっと最近食欲が無いだけですよ」
「そっか?忙しいからって、ちゃんと飯は食えよ?」
「肝に命じておきますよ」
 微笑み、言う。それで幽助は気が済んだか、じゃ、と言って帰っていった。
 ホウ、と蔵馬は息をつく。どうやら誤魔化せたらしい。それにしても、注意力のあまり無い幽助に気付かれるくらいでは、母さんはどう思うことやら。母さんが旅行にいっていてよかったと、蔵馬は思った。
 そして、蔵馬も家に向かい始めた。気の進まない道のりは、やけに陰鬱として感じられた。

 さしもの蔵馬も、気付かなかった。帰ったはずの幽助が、不信そうに自分を見つめていた事を。そこまで自分が弱っている事にも気付かないほど、蔵馬は弱っていたのであった。

「飛影」
 幽助が、大きめの木の下で、呼びかける。
「いるんだろ?」
 ややあって、不機嫌そうな、低い声が聞こえてきた。
「…ああ」
「どうせ見ていたんだろうけど…お前が、蔵馬の気が不安定な気がするってんで今日会ってきたけど、ありゃあ大分まいってるみたいだったな。本人は、あまり自覚してないみたいだったが」
「…どうせ、また馬鹿な事でも考えていたんだろう」
「だけじゃなさそうだったぜ」
「…何だ?」
「生気はないくせに、妖気は幾分強く感じられたんだ。「南野」の時には感じられないはずの妖気が、な」
 それ、の指す一つの可能性に、飛影が眉宇をひそめた。
「敵、か?」
「のわりには、相手の残り香のようなものは感じられなかったけどな…。だいたいが、あんなにやつれるくらいにやりあってる敵がいるなら、学校にも行かないだろうし、な」
 それはそうだろう。蔵馬はとかく回りに与える影響を、気にしすぎるくらいに気にするのだから。
「…判らんな」
「ああ。けど、聞いても教えてくれなそうだったぜ、今日会った様子じゃ」
「フン。あいつは余計な事を考え過ぎるんだ」
「ま、確かにそうだけどな…とりあえず、これ以上は俺の手には余りそうだ。あとは、まかせたぜ」
「珍しいな、お前が投げ出すなど」
 飛影の言葉に、幽助は珍しい、複雑な感情の宿る微笑みを見せた。
「俺は騎士になれそうにないんでね」
 そう言って帰る幽助に、飛影は呟いた。
「何を言っているんだあいつは…」
 言っても判るよしもなく、とりあえず飛影は蔵馬の家へ向かった。とりあえずは、詳細を確かめなくては。

 サッと空を駆けてゆく飛影を見届けると、振り返って見守っていた幽助は囁いた。
「俺じゃ、騎士の役は役不足だからね…お姫様の救出はまかせたぜ、飛影…」
 本当は俺が助けてやりたかったけれど。
 聞く者のいなかったそれは独り言となり、静かに闇に溶け込んだ。

 夜、である。再び蔵馬の部屋では、妖狐との営みが行われていた。
「今日は随分と大人しいな」
 言われた蔵馬は、幽助に会った時よりも更に衰えていた。
「食事と睡眠はちゃんと取っているか?俺はお前を壊したくはない。折角見つけた玩具だ、長く遊びたいからな」
「睡眠はともかく、食事はちゃんと取っていますよ…ただ、貴方との交わりは、この人間の身体には少々負担が大きいものですから…」
「負担?」
「ええ…人間の身体には本来、妖気に対する免疫があまりありませんから」
「ふ、ん…脆いものだな、人の身体は。そのような身体にしがみ付いてどうする?この姿に戻る気はないのか?」
 そう言って、妖狐は自分の身体を指す。それに蔵馬は首を振った。
「俺がいなくなったら、母さんが悲しみます」
「それだけか?」
「え?」
「それだけか、と聞いたんだ。記憶を消す事も出来るだろうに、その脆弱な身体にしがみつく理由は、それだけか?」
 …蔵馬が、返答に困る。予想もしていなかった問いに違いあるまい。
「まあ、俺にとってはその方が好都合…お前がこの姿に戻るとなると、この体を抱くという愉しみが消えてしまうからな……」
 そういって、妖狐が蔵馬に、接吻をする。蔵馬は、拒もうという素振りすらみせない。契約のためか、疲れからか、それとも別に原因があるのかは知らぬが。
「人間の体に妖気が負担になるというのなら、行為を控えてやる。愉しみが減るのは遠慮したいからな」
 言い置き、妖狐が消える。残された蔵馬は、ホウ、と息をついた。安堵からか…別の感情からか。
 そしてそのまま蔵馬は、じきに眠りに落ちた。

 一部始終を見ていた飛影は、憮然とした表情で、蔵馬の家から離れた。飛影には判らなかった。何故、妖狐がいるのか、何故、蔵馬がおとなしく妖狐に従っているのか。
 けれど、蔵馬に問いただせば、自分がそれを知ってしまった事にまた蔵馬は余計な事を考えるだろう事が判ってしまうから…判らぬ問いの答えは出なくて。ただ憮然とした表情で公園に向かうしか出来なかった。


 あれから、3度目を数えた夜、蔵馬は落ちつかなかった。体力は大分回復してきていたため、そろそろ妖狐が来るかもしれないと予想していたからだ。そして案の定、彼は部屋を訪れた。
「久しいな…蔵馬」
 短く交わす、接吻。月の色の瞳で見つめられ、蔵馬は心が騒ぐのを感じた。
「また、俺を愉しませてくれるだろう?」
 問いの形を取った確認。蔵馬に否を唱える事が出来るはずは無い。
「脱げ」
 短く告げられた言葉に従い、蔵馬が服を脱ぎ捨てる。抵抗して、どうなるわけでもない。
「…随分と素直だな。あまり素直すぎても、面白くは無いぞ?」
「抵抗するよりは、いいかと思いまして」
「…フン、まあいい。俺は俺のやりたいようにやるまで……この3日間、暇であったからな、埋めてもらおう」
 シュルリ、と音を立てて蔓が伸びて来て、蔵馬の両の手首にそれぞれからみつき、蔵馬を中途半端に立たせる。
「え…?」
「こちらの姿が余程魅力的だ」
 妖狐が薄く嗤って、蔵馬の背に手を這わせる。それに反応してビクリ、と蔵馬の身体に力が入る。妖狐はもう片方の手を伸ばし、ガリッと胸の突起を引っ掻いた。
「あっ!」
 思わず、蔵馬が声を出す。それを聞いて、妖狐は可笑しげに口元を綻ばせた。背に舌を這わせ、左手で乳頭を弄びつつ、右手は蔵馬の秘部に当て、嬲る。その前後からの刺激に対して、蔵馬の思考は働きを放棄した。
「や…やぁ…」
「可愛い声で鳴く…」
 妖狐が蔵馬の秘部に当てていた手に、力を込める。握り潰すかのような力に、蔵馬の身体が一瞬硬直する。
「ひっ!」
 蔵馬の高い声が、夜の空気を震わせる。
「良いのか?」
 楽しげに言うと妖狐は、蔵馬の秘部を口に含んだ。
 強過ぎる刺激を蔵馬に与えながらも、蔵馬がいきそうになるとすぐさま責めるポイントを変え、決していかせはしない。
 その目眩がするほどの苦痛と快楽の中で、蔵馬は懇願した。
「…ねが…も…ゆる…て……」
 涙の滲む蔵馬の相貌を見て、妖狐はクスリと笑みを洩らした。
「冗談。楽しみはこれからだぞ?」
 言って妖狐が蔵馬の秘部に己のそれを挿れようとする。
 けれどそれは一人の侵入者により、遮られた。
「蔵馬!」
「飛影?」
 飛影は、蔵馬には言葉を返さずに、妖狐をキッと睨んだ。
「どういうつもりだ?貴様」
「どう、とは?」
「ふざけるな!何故、蔵馬を犯す?」
「犯す、とは人聞きの悪い。これは、こいつが望んだ事」
「な…?」
 言われた事が一瞬判らずに、戸惑う飛影。
「本当か?蔵馬」
 問われて、蔵馬は頷くしかない。
「何故だ?」
 蔵馬は、答えれない。代わりに、妖狐が口を開いた。
「そいつは、自らの身体を俺に差し出した。お前の代わりに、な」
「!」
 あまりと言えばあまりな内容に、飛影は一瞬言葉を失う。
「どういう…ことだ?」
「俺は暗黒鏡、前世の実、そして人の身に余る妖気により、開放された。今まで封じられていて鬱屈としていたために、愉しませてくれる玩具を探そうとしたところ、そいつは自ら名乗り出た、というわけだ」
「俺の代わりに、か?」
「その通り」
 衝撃、などというものではないそれを、飛影は感じた。自らのために情を寄せる相手が身代わりになっていたと聞いて平静でいられる者がいようか。
「ならば、俺を抱け」
「飛影!?」
「ほう?」
 蔵馬の叫びと、妖狐の愉しげな声が重なる。
「貴様は、どちらでも良いのだろう?ならば、相手を俺に変えた処で、不都合はないはず」
「そんな…飛影」
 蔵馬の、悲痛気な声を無視して、飛影は妖狐を真っ直ぐに見据える。と、妖狐はフッと笑った。
「面白そうだが…お前の身体では俺は手に余らないか?」
 カッと、飛影の顔が赤くなる。
「貴様…!」
「怒るなよ。そうだな、お前もなかなかに俺を愉しませてくれそうだ」
 そう言って、妖狐が飛影に手を伸ばす。それに飛影は僅かに身を引きながらも、ジッと妖狐の手が触れるのを待った。
「やめて!オレは平気だから…飛影がそんな事する必要ない!」
「オレだって平気だ。こんなやつに触れられる事など、何でもない」
「だって……」
 蔵馬の表情が悲痛気なそれになる。と、蔵馬は妖狐に向き直ると、自ら口付けた。
「お願い…貴方はオレで充分でしょう?何でもするから、飛影には手を出さないで……」
「蔵馬!」
 飛影の叫びに、蔵馬は頭を振る。
「いいんだ…オレはもう抱かれてしまってるんだから。回数が増えたって、問題じゃない」
 そう言って蔵馬が妖狐と視線を合わせる。
「お願い……」
 と、それまで可笑しげに成り行きを見守っていた妖狐が口を開いた。
「フン…随分とそこの少年を庇うな。気が変わったぞ」
「え?」
「どうせなら身体だけでなく心も手に入れてみたくなった。宣言しよう、蔵馬。いつか必ず、そこの少年のためでなく、お前自信のために抱いて欲しいと願わせてみせる。そのためにとりあえず今回の契約は破棄してやろう」
 そう言い放ち、妖狐は蔵馬に近付き、接吻をした。その頬に手を当てて囁く。
「また会おう、愛しい蔵馬」
 妖狐が一瞬視線をチラリ、と飛影に投げかけて、蔵馬に歪んだ笑みを向ける。
「消えろ!」
 妖狐がフッと目を伏せて笑い、鮮やかに消える。それと同時に、蔵馬の戒めが解かれた。
 ヨロ、と倒れ込んだ蔵馬を、慌てて飛影が支える。
「大丈夫か?」
「うん…」
 頭が重くて俯くと、戒めの跡の残る手首が目に入った。決して薄くはないそれは、けれどそのうち消えるだろう。
 ズキリ。
 蔵馬の胸に、傷みが走る。
 欠片すら、貴方は残してはくれない…
 辛くなって、蔵馬は飛影の胸に顔を埋めた。
「飛影…お願い、あの酷い人を、忘れさせて…」
「けど、大分疲れているのだろう?」
「いいから、お願い!」
 蔵馬の叫びに、一瞬飛影は辛そうな光を瞳を宿し、それでも大人しく従った。
 飛影の舌が、手が…妖狐の触れた部分をなぞる。
 優しい熱を感じながら、それでも蔵馬は飛影では無い一つの影を思っていた。
 飛影とはどこまでも対照的な、その影を。
「飛影…飛影…」
 呼ぶ名は飛影だけれど、呼びたい相手は飛影ではなくて。
 辛さが、余計に身体に拍車をかけて、取り止めの無い官能の波に、堕ちて行く。
「ああっ…!」
 甘い声が、洩れる。
 もっと感じさせていて。
 夜も昼も、甘い疼きで縛っていて。
 でないとオレは……

 
 縛っていて、欲しかった。
 閉じ込めていて、欲しかった。
 逃げられないように…拒めないように。
 逃げる事など考える気にもならぬ程にこの身に枷をつけて。
 闇の中、貴方に捕らわれて、いたかった。